喉が嗄れる頃02



彼女の手伝いは、その意地悪い笑みに恥じないものだった。軋む木の台に乗って容赦なく上から水をぶっかけてくる。まだ日が高いとはいえ、市街地よりも標高の高い場所に建つこの小屋の周りは少し肌寒い。おいらは水をぶっかけられた後冷たい風が当たる度にブルブル震えた。しかし、目の前の悪魔はそんなことお構いなしだ。

「…こんなに水を浴びたらおいら病気になるかも」
「懐かしいわね。一体何百年前の話かしら」
「そんな昔の話じゃ……寒いよ

おいらもいつか家の中に水浴び場が欲しい。こんな田舎の、ほとんど隔離用に与えられた小屋の水浴び場なんて後から取って付けるしかなく外にある。おいら達をぐるりと囲むように備え付けられている木の板は裸を見せないためでしかない。それでもこの水浴び場から小屋の中に戻るにはどちらにせよ全裸で移動しなければならない。狭すぎて、横に着替えを置くと一緒に濡れてしまうのだ。木の板のてっぺんは今のおいらの背では届かないし、木の台は怖くて乗れない。はおいらよりも軽いし度胸があるから乗れるだけだ。この小屋はちょっと間抜けな造りだと思う。まあ、今日はが手伝ってくれるから変質者にならなくて済むけど。

「そういえばさ…何とも思わないの?」
「何が?」
「この状況」
「だから、何?綺麗になって良かったじゃない」
「そうじゃなくて、おいらの裸を見て何とも思わないのかって話!」
「…別に、男の身体なんて何ともない。戦場は不便だし何もないから、皆簡単に服を脱ぎ捨てる。私もそこにいるから、慣れるわ」
「ちょっと待って。お前、男の身体は見慣れてるってこと?」

が目を逸らした。背筋に悪寒が走り、同時に激しい怒りが内側から湧き上がる。彼女が慌てておいらをなだめた。

「大丈夫よ」
「何が大丈夫?自分が何をされているか分かってるの?それがどういう行為か知ってるのか!?」
「馬鹿にしないで、そんなことくらい知ってる!…彼らは強く優しい。彼らは私を抱いたりしていない。私のこと、女だと思っていないもの」
「…この際、男か女かは関係ないんだよ。自分より弱ければ簡単に捻じ伏せられるんだから」
「私は大丈夫よ。ちゃんと、皆から少し離れた所で寝ているし……だから泣かないで」

熱い涙が容赦なく目と頬を焼いた。が桶を置いておいらの濡れた頭を撫でる。おいらよりも小さい。細い指で、か弱い身体で、戦うことを強いられている女。
おいら達は一体誰のものだ。国家そのものであるというだけで、姿形は同じなのに人間とは異なっている。人間は下衆だ。おいら達を都合よく利用し遠ざける。その上くだらないもののために沢山の命を犠牲にし、愚かなことばかり何度も繰り返して、歴史から何も学ぼうとしない。他の動物よりもほんの少しだけ知恵があるだけだ。それと引き換えに失ったであろうものの方が偉大だとおいらは思う。神は何故こんなものをお創りになったのだろうか。何故こんなものにおいら達を似せたのだろう。

「ルー君、抱き締めてもいい?」
「…濡れるよ」

彼女は微笑みだけでおいらの罪悪感を包み込んで、それから今度はおいらを、まだ発展途上の身体から生える腕で抱き締めた。罪悪感、それは彼女を守り切れなかったことに起因する。物心ついた時から彼女を愛していた。同じように大きくなって、だけどいつからか性差が現れるようになって、おいらは。
そうだ。初めて人間に似て良かったと思えたのはその時だ。おいらとの差が、まるで本物の人間みたいで嬉しかった。寿命が来て、いつか死んでしまうと思えたのだ。


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2016.3.15 喉が嗄れる頃
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