喉が嗄れる頃03



でも、だから何だって言うんだ。単なる錯覚で、おいら達は結局人間じゃない。人間は嫌いだけど国民を滅ぼしたらそれはもう自殺と同じだ。おいらを作っているのは国民と領土とその他諸々だから。
おいらを必死に抱き締めるが呟いた。

「私がもっと大きかったら、胸の中に閉じ込めて、ストーブの代わりになってやれるのに」

違う。違うんだよ。それはおいらの役目なんだ。勝ち目がないことは薄々感じてた。おいらは運もなければ力もない。自分自身のことも維持できない。だから負けた。こんな田舎に避難して魔導書を漁るしか能のない、つまらない男だ。一人で水浴びも満足にできない屑だ。神は何というか、やはり当たり前のことをしている。だって神は人間がいないと存在を認識されない。草や花や木や羊たちは、神のことも讃美歌も聖書も何も知らないはずだ。神が人間をお創りになったわけでも、それにおいらを似せたわけでもない。人間が神とおいらを創ったんだ。人間がおいらを人型にしたんだ。かわいそうな神。かわいそうなおいら。人間に何もかも握られている。自由は、ない。

「随分探したのよ。貴方の秘書は休暇中で会えないし、他の上司は皆口を揃えて貴方の居場所なんて知らないって言う。街も大人しくて、ルー君に何かあったんじゃないかって、私…」
「…上司は、おいらに興味がないから」
「そんなの間違ってる……でも、その方がきっと誰もが楽できるのね」

が背伸びしておいらに口付ける。彼女の唇は温くてほんのり甘いような気がした。おいらの濡れた前髪から雫が落ちて、の頬に落ちる。まるで彼女も泣いているみたいだった。

「…痩せちゃったね、ルー君」
「……」
「私、もっと早く来ればよかったね」
「…もう、十分だよ」

だってお前は今ここにいる。おいらを探して、おいらを見つけた。それだけで、紙よりも脆い精神は簡単にしわくちゃになる。強靭なはずの肉体が朽ちる。それは決して駄目になるということではない。
おいら達は人間に似ている。感情があって、欲望がある。無ければいいのにと思うこともあるけど、もし無くなれば彼女のことも忘れてしまうのかと思うと、結局は今の形に落ち着いてしまう。
おいら達に自由はない。だけど、この心は、この気持ちは、おいらだけのものだ。

「さあ、そろそろ中に入りましょう」

再び台に乗って木の板のてっぺんから布を取ったが、それをおいらの身体に巻いて手を引いた。彼女の着ている服はびしょびしょに濡れていた。だけど彼女は笑っている。その様子が何だかちぐはぐでおいらもつられるように笑った。思えば、笑い声を上げたのは久々だった。

「食材ってあるの?あるなら何か作るけど…口に合うように頑張って作るから、食べてくれる?」
「あるよ。食べられる状態かどうかは分からないけど、が作ってくれるなら腐ってても食べるから安心してよ」
「ちっとも安心できない」

着替えるおいらを置いて簡易なキッチンに入る彼女の背中をぼうっと見つめた。
この背中をいつまでも眺めていられたら。黙って欲に従うことのできる生き方を選べたら。

きっとその日が、おいらの身体の命日だ。


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2016.3.15 喉が嗄れる頃
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