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※これの続きです。
「恋とは盲目なんだねぇ」 雰囲気の良いレストランで、それにお似合いのフランシスが優しく笑った。私はデザートの最後の一口を緩く咀嚼しながら、彼の言葉の真意を探ろうとする。 「好きな人いるの?ごめんなさいね」 「ん?勿論のことは好きだよ」 「そう、ありがとう」 「違うよ。のことだよ」 「…私?生憎恋なんて暫くしてないわよ」 「ギルちゃんは?」 「その男の名前を出すのはやめてくれないかしら」 思わず強く噛んでしまったフォークが口の中で硬い音を出す。なんとも言えない感覚が歯から背筋にかけてじわじわ通りすぎていって思わず身震いした。せっかく美味しかったケーキの味が、金属混じりの唾液と一緒に喉の奥へ流れていく。 「大体、フランシスだって今まで一体何人の女の子達と付き合ってきたのよ。恋が盲目なんて、貴方が一番分かってることでしょ?」 「人のを見ている時が一番分かるもんだよ。自分の時は…そりゃあ、本気で彼女達を愛してるし愛してきたよお兄さんは。でもそのせいで、周りなんて見えなくなるものさ。だって恋は盲目なんだろ?」 「…世界が狭いってこと?つまり視野が狭いってこと?それならやっぱり、私はあの男にそんな感情抱いてないわ」 思い返してみれば、私の心はもうそんな初々しい気持ちに満たされることは随分となかった。私は、その段階を越えてしまったようだった。 「ギルちゃんみたいなこと言うんだね」 「え?何が」 「あのね、大好きも大嫌いも、愛しているも、それ故に殺してしまいたいも、全部途方もないという点では同じだよ。向いてる方向が違うだけで」 「そんなことないわよ。確かに好きと嫌いは紙一重だとは思うけど、例えば大好きから一度大嫌いに変わったら、もう元には戻れないわ」 「そうだね、一人ならね」 そう言って席を立った彼を私は怪訝な顔で追いかける。 私の分まで払ってくれた彼に礼を言って、別れた。辺りはすっかり夜になっている。昼前に家を出てきたから、相当時間が過ぎていたようだ。 家のドアの前に立って、ノブに触れる前にフランシスの言葉を思い出す。私のが途方もない気持ちなら、どちらにせよ、何も変わらないんじゃないかしら。親切な友人の理解しづらい助言のようなものを、私は胸の奥に留めた。軽く息を吐いて、ノブを回す。 リビングの電気は既に切られていた。彼はもう、寝てしまったのだろうか。壁伝いにスイッチを探しあて、明るくなった部屋の壁時計を確認する。そこで私は疑問に思った。彼が寝るには早すぎる。 「ギル…?」 冷えた廊下を進んで彼の部屋へ。部屋の電気も付いていないようで、私はそっとドアを開ける。 机の上のスタンドに淡く光が灯っていて、ベッドの横にギルが座っている。 「…ちょっと、」 彼の背中に声をかけた時に感じた煙臭さに思わず顔をしかめる。よく見るとスタンドの側に灰皿と煙草があった。まだ煙が出ているようにも見える。 「寝室で吸わないでって言ってるじゃない…」 「…か?帰ってきてたのか」 くるりと振り返った彼の左手には、ビール瓶が握られている。 「煙臭くなるでしょ…しかもお酒も飲んで。臭いが籠るじゃない」 「あー…いや、」 苦い顔で頭を押さえる彼に溜め息を吐いて、私は彼からビール瓶を取り上げる。 「シャワー浴びて歯磨いてもう寝たら?」 「ああ…そうする」 ゆるりと立ち上がるとおぼつかない足取りで歩いていくギルにほんの少し心配すると、ふと立ち止まってちらりと私の方を向いた。 「お前、今日…」 「え?」 「…いや、なんでもない」 煮え切らない彼をまずは疑問に思い、やや間を置いてほとんど感覚的に理解した後、私の感情は急激に熱せられて沸騰した。 早足で彼を追いかけて、ギルのシャツの裾を引っ張り気を引くと、彼の振り向き様に不意討ちで思い切り平手打ちする。 馬鹿みたいに乾いた音が短く響いて、同じように馬鹿みたいな顔を晒したギルに向かって苛立ちを吐いた。 「…っ、信じた私が馬鹿だった!」 情けないけど私のヒステリックな声はほとんど涙混じりだった。彼の足元に空のビール瓶をぶちまけると、私は一目散に玄関へ駆け出してそのまま外へ出た。 割れたビール瓶の破片を踏んでしまったのか、足を着く度に足の裏がズキズキと痛む。床に傷もつくし何で八つ当たりみたいな形でビール瓶を投げ付けてしまったのかと考えて、割と簡単に導きだした答えに自分が怖くなった。 やっぱり好きと嫌いは遠い。同じところにいたとしても、足に強力な接着剤みたいなのが貼り付いて方向転換なんて出来ない。だから会話さえも出来ない。大体同じところにいるわけじゃない。近い所にいて、薄い壁一枚隔てて並んでいるだけだ。だから、好きと嫌いが見ている方向なんて結局同じなんだ。 足の痛みに構わずずんずん歩いているせいでもう破片が刺さって痛いのかヒールを履いているせいで痛いのか分からなくなってきた。このままフランシスの家に行って、彼の考えの間違いを証明するついでに抱いてもらおうか。そうしたらギルは怒るだろうか、それとも悲しむだろうか。 そこまでしないとまともに関心も持ってもらえないんだろうか。 本当に平手打ちでよかった。もしあの時ビール瓶を床に投げ付けていなかったら、それでギルを殴っていたかもしれない。
2014.1.14
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