06.絶海の孤島に一人きり 自分の中に浮かんでしまったある考えは、アーサーのことを思い出す度にどんどん真実味を増していくようでどうしようもなかった。かといって彼のことを考えないようにすればするほど、思い出も現実も私の頭の中に鮮明に焼き付く。彼が私をどう思っているかという問題以前に、私の方が限界だった。多分私は、少なからず彼に好意を抱いている。それが彼に優しくしてもらったとか何とも単純明快なきっかけに過ぎないのは分かっていた。だけど、これも推測でしかないけれど、きっとそれだけじゃない。
中学生の時初めてサロメを読んだ。以来すっかり魅了された私が信じて進んできた日々の延長が今だ。私は自分が好きになったものに疑うことなく心を傾けてきた。それが悪いなんて思ったことはない。これは一生変わらないだろう。何度も自分に言い聞かせ、声を出さずに口の中で唱えてきた。「私はこうなったことに何一つ後悔していない」。
それなのに、ちょっと疲弊した私の脳裏に浮かんだものは何だ。反射のように動いた肉体は何だ。遂に逃げ出した衝動はどこから来たのか。私は何がしたいんだろう。泣いてどうにかなるなら、今頃私の目は大きく腫れて視界は真っ暗だっただろう。
サロメのような強さが欲しい。




06.絶海の孤島に一人きり




「…ボーイフレンド?」
「わっ!」


咄嗟に携帯の画面を隠して振り返ると、とても良い笑顔のエリザが居た。


「うん、良い反応!」
「びっくりした…。エリザ、どうしたの?」
こそ、何かあったの?随分と楽しそうね」
「そう…?」
「メールの相手とデートの約束でもした?」
「デート!?」


側を通りすがった男の子がこちらを怪訝そうな顔で見た。恥ずかしくなって口元を手で抑える。エリザが笑って私を寮へ連れて行った。


「良かったら、彼との馴れ初め、教えてくれない?」


部屋に戻ると、彼女は上着も脱がずに私と一緒にベッドに座って一言目からそんなことを訊いてきた。


「エリザ、誤解しないでね。彼は私の友達よ」
「彼ってことは、やっぱりメールの相手は男性なのね」
「…エリザって、しっかりしてるよね」
「友達の恋愛話ほど、わくわくするものはないわ。それがの話なら尚更ね」
「もう、からかってるの?恋なんてしてないわ」
「そうかしら?」


こんなに目を輝かせた彼女を見るのは初めてでちょっと新鮮だった。そして私は私で、恋をしていないとは言ったものの、自分の中にある得体の知れない感情やアーサーのよく分からない言動も含め、一人で考えるにはいつまでもぐるぐると同じところを回るような気がしたので、素直にエリザに話してみることにした。多分、以前ならこんなことは心の中だけに留めて一人で悩んでいたと思う。彼女に昨日からの出来事の一部始終を語っている時に、自分の急激な変化を感じた。


「それで…励ましてもらったの。このオルゴールも貰って」
「……まるでミュージカルでも観ているようだわ。、貴女はとても素敵な女優だったのね。だけどもっと素敵なのはその物語が現実だってことよ」
「ミュージカルだったらこんなぐずな女舞台になんて立てないわ。エリザは大袈裟ね」
「そんなことないわよ。それよりもほら、早くデートの準備をしましょう!」
「待って。出掛けるのは来週の土曜日よ。いくらなんでも早すぎる。それにデートじゃないわ」
「何を言ってるの。男が家族でもない女とプライベートで二人きりで出掛ける理由なんて一つしかないんだから」


エリザは私に断りを入れると返事も聞かずに私のクローゼットを開ける。そしてブラウスやスカートをぽんぽん出してベッドの上に並べた。服を選んでくれるらしい。


「でも、誘ったのは私なのよ」
「聞いて、。私は、初対面にも関わらずその彼が貴女を自宅へ招いたと聞いて、確信したのよ。ああ、彼はに特別な感情を持っているってね」
「どうしてそんなことが言えるの?」


彼女は私の朱色のスカートから目を離すと、長い睫毛に縁取られたエメラルドグリーンを綺麗に歪ませて私を見た。


「私はイギリスへ来て暫く経つわ。イギリス人の友達も沢山できた。一般的に冷たいだなんて言われる彼女達が、実はそうじゃないって分かってからどれくらい過ぎたかもう忘れてしまうくらいには、とても仲が良いと思っているしその人数だって一人や二人じゃない。だけどね、どんなに親しくなっても、彼女達は私を簡単に家に呼んではくれないわ。それが私ではない他の人でも、同じイギリス人でもね。これは前に本で読んだことだけど、彼女達は、相手を大切に思うばかりに、あまり親密になれないらしいの。だから、彼が家に呼んでくれたことには大きな意味があると思うの」
「私も本で読んだことがあるわ。だけどそれは、『イギリス人は冷たい』っていうのと同じような偏見じゃないの?」
「そうかもしれないわ。でもそれなら、日本では、初対面の異性を突然家に呼んだりする?」
「彼の家には親戚の女の子も居て、だから呼んでくれたのよ。彼自身がそう言っていたもの。あと、日本ではほとんど無いわね」
「どうして頑なに否定するの?」


エリザの言葉が胸に刺さった。そのせいか、今までずっとペラペラと彼女に反論していた口が思うように動かなくなる。頑なに否定する、一体何を。


「彼はのことが好きなのよ」
「分からないわ、そんなこと…」
「貴女はどうなの?彼のこと、好きなんじゃないの?」
「…それはもっと、分からない」
「それを解決するのは貴女自身よ、。自分から何かしないと」
「確かにそうね」


立ち上がって私も彼女と一緒に服を見た。考えると今更になってアーサーと出掛けるのが楽しみになって、エリザと騒ぎながら服装を吟味した。その間私はエリザに彼女の恋人について問うと、彼女は可愛らしく頬を染めながら楽しそうに話してくれた。そんなエリザと自分をこっそり比較して、ちょっと羨ましくなる。
サロメのような強さが欲しい。勿論狂った愛に支配された熱情の部分ではない。私は強い感情が芽生えても表面にそっと触れるだけで分かった振りをして、あとは綺麗に奥にしまい込むのが癖だった。宙ぶらりんな私を、私さえも捕まえられるはずがなかったんだ。




2014.12.14