私は知っている

私は知っている


「おはよう」

登校中、菊を見かけたので声をかけた。隣に並ぶと二人の身長差が影でよく分かる。菊は周りにいる友達がやたら大きいだけで、日本人男性としては標準だ。けれど当然、女の私よりも背が高い。別におかしくもなんともない。
こんなことを考えるようになるなんて、一週間前には想像できなかった。

「昨日皆で食べに行ったケーキ、味も勿論美味しいんだけど、何より見た目が本当に可愛かったのよ。宝石みたいだった」
「それは良かったですね」

以前と変わらない、幼馴染みの会話、友達の会話だ。

「写真あるけど、見る?」
「ええ、是非」

身体を近付けて、彼の前に携帯を差し出した。菊も頭を私の方へ少し倒す。でも、触れ合うことはない。
今なら分かる。菊は私への意識を配慮の裏に隠している。いや、私への意識を配慮で匿っているといった方が正しいか。それはきっと誰かを好きになったことのある人なら経験する恥ずかしさだ。触れたいのに触れてはいけないと思う矛盾だ。菊は私を好きで、それを隠すために敢えて紳士的な対応をしているのだ。
称賛されるべきことだと思う。だけど、応援はできない。彼に、そして何より私自身に誠実でありたいが故に。
学校に着いて別れるまで、私達の会話が途切れることはなかった。やっと普通の生活に戻ってこれたと少し安堵するが、すぐに別の問題も抱えていたことを思い出して憂鬱になる。


「…フェリシアーノ」
「フェリシアーノだって!いつもフェリって呼ぶのに、どうしたの?」

こんな人懐こい笑みも、彼の計算の内なのではないかと思った。いつもふにゃふにゃと緊張感のない柔らかな雰囲気のフェリは和みの対象だったのに、一度意識してしまえば普通の男の子だ。
友達だったのに。友達だと思ってたのに。
だけど、誰にも非はないんだ。

「別に何でもないよ。おはよう」
「ヴェ―…気になるけど、まあいいか。それよりも、数学の宿題を手伝ってほしいんだけど…」
「また?この間もだったじゃない」
?数学は一度だけでなく何度だって俺を苦しめる存在なんだ、それだけ強大な敵なんだよ…だからお前の助けが必要なのであります!」
「ルート君に告げ口しようかなあ」
は何で俺に次々と試練を与えるのだろうか…」

そんな大袈裟な存在ではないし、というかルート君は真面目で紳士的で良い人じゃないか。フェリがだらしないから、彼の雷がよくフェリに落ちるというだけで。
彼とこういうくだらない会話をするのは好きだ。私はつとめて冷静に、いつも通りに、対応する。

「…まあ、が課した試練なら、乗り越えてみせるよ」
「先生が課した試練でしょ」
「ううん、が俺に課した、愛の試練ってやつ」
「…寒いよ」
「つれないな」

残念とも思ってないくせに、その端正な顔を歪めて酷く傷付いた素振りを見せる彼は、生粋のイタリア人男だった。

「……フェリ。分からない問題は手伝ってあげる。だからまずは一通り目を通して、できる問題はさっさと解いちゃって。数学の授業が始まる前にね」
「ほんと?」
「まあ私も当たっている保証はないけど。間違っていても恨まないでよ」
「うんうん、勿論!がいれば百人力だ」
「褒めても何も出ません」


隣の席からぐっと身体を寄せてきたフェリに、一瞬息が止まった。彼はそれを知ってか知らずか優しく微笑むと、なんのことはない、感謝の言葉を私に告げる。

「Grazie」


*****


「で、どうするの」
「え?」
「フェリちゃんのことに決まってるじゃない」

休み時間にエリザが私の席にやってきて、フェリのイスを引いて座る。次の古典の授業のノートを見ている私の横にイスごとくっついて、小声で話してはいるが、気のせいか圧がすごい。

「見てたわよ」
「何を」
「朝のこと」
「朝……」

馬鹿みたいに彼女の言葉を繰り返す私に、エリザは呆れて溜息を吐いた。

「フェリちゃんにも、そういう気持ち、ないんでしょ」

こくりと頷く。それはそうだ。だからあんなにも悩んで苦しかったのだ。
フェリは今はルート君のところに行っている。何故か律儀に私に断りを入れて席を立った彼の意図は分からない。まるで母親だ。もしかして、フェリは私にマンマへ向ける愛情を向けているのだろうか。好きの意味は広い。
いや、違う。逃げるな。もうこの件で逃げてはいけない。私は我儘なので、彼とも友人でいたい。
2017.10.21