ついに永遠は生まれなかった

ついに永遠は生まれなかった


走って、走って、ひたすら走って。かなり遠回りをしたけど、どうにか自宅に帰ることができた。途中しんどくなって休んで、その度に後ろを確認したけど、菊は追いかけてはこなかった。それに安堵し、同時に少し罪悪感に支配される。突然逃げたりしたから傷付けたかもしれない。
それでも。それでも、だ。私にはそれ以外に選択肢がなかった。昨日のことを思い出すと、頭が沸騰しそうになる。幼馴染で、家族のような存在だった菊から、女として見てるだなんて言われたら、いや相手が菊じゃなくたってこうなるだろう。本や映画の世界でしか見たことのなかった、メルヒェンの世界だ。何も知らない生娘は、実際にはただ自衛のためにしか動けないのだ。恥ずかしくてどうしていいか分からない。
制服も脱がずにベッドに倒れると、極度の緊張から解放されて気が緩んだのか涙が次々と溢れてきた。何故、どうして、こんなことになってしまったのかしら。明日も学校がある。辛くて、いなくなってしまいたかった。





次の朝、少し腫れた瞼をどうにか隠して、いつもとは違う道を通って登校した。教室には既にリヒテンちゃんがいて、私は気合いを入れて彼女に声をかける。菊は別のクラスなので、少なくとも休み時間以外は大丈夫だ。

「おはよう」
「あら、さん、おはようございます…?」
「Buon giorno, belle!!」
「あ、フェリ」

後ろからにゅっと顔を出したフェリが、挨拶のハグをする。時間にして数秒。その後リヒテンちゃんにも同じことをするけど、私の時よりもあっさりしているのはバッシュ先輩のせいかしら。いつも彼に怒られているし。まあフェリはバッシュ先輩だけでなく皆に怒られている気がしないでもないけど。

「あれ、、目腫れてない?」
「え!そう?昨日夜更かししたからかな…」
「そうなんだー!何してたの?」
「何って…本読んだり?」

苦しい言い訳をしている内にチャイムが鳴って、私達はそれぞれ席に着いた。リヒテンちゃんとは席が離れているけどフェリとは隣だ。彼はSHR中に横で何やら忙しなく動いて先生に注意されていた。それなのにちっとも悪びれる様子はないし何だか可愛い仕草をするので、心が少し安らぐ。
ただどうも全く気にしないというのも難しい。授業中もふいに菊のことを思い出しては消し、頭の隅に追いやる作業に終始気力と体力を消費した。お蔭でノートは悲惨な有様である。休み時間にこちらの席へ遊びに来たリヒテンちゃんが驚いた顔をした。私はさっき吐いた嘘を利用して新たな嘘を作る。

「眠くて眠くてしょうがなかったわ…」
「私のノートで良ければ、後で貸しましょうか」

リヒテンちゃんの好意を素直に受け取り、ぼんやりと外を見てすぐにやめた。次の時間、菊のクラスは外で体育らしい。背が高くがたいも良いルート君が目立っていて、すぐ横に駆けてきた菊のことも嫌でも目に入れてしまう。別にルート君は悪くないけど。…菊も、本当は悪くない。と思っていたいのは、異性とかそんな浮ついた理由ではなくて、ただ大切な人だからだろう。返事をしてやらずに逃げているのは確かに私だ。





「ねえ、昼休みちょっといい?」

予習したところを何となく眺めていると、横のフェリが菓子パンを食べながら私の部活について尋ねてきた。新聞部が発行している新聞のネタにしたいらしい。

「ほんとはもっと前にルートに言われてたんだけどさー、ご飯食べたりシエスタしたり可愛い女の子に声かけてたら、いつの間にか期限が明後日に迫ってたんだよねー!びっくりだよね」
「要はやる気が起きなくてずっと溜め込んでたんでしょ」
「ヴェ…ってたまにルートみたい」
「ルート君が正しいと思う」
「ま、いっか。それで、ねえ、今日の昼休みにインタヴューしたいんだけど、駄目かな?」
「愛好会で良ければ」
「やった!嬉しいよ!それで、場所なんだけど、あんまり騒がしくないところがいいと思って…新聞部の部室とかどう?」
「えっ」

新聞部の部室は校舎のちょっと辺鄙なところにあって、普段はあんまりそちらの方へ行かないので、入学して一年は経つけど未だに知らない場所みたいだ。いや、そんなことはどうでもいい。問題は新聞部の部室ということだ。菊は新聞部で、ばったり会う可能性が高いではないか。できることなら避けたい。しかしそれをフェリにどう伝えるべきか。まさか本当のことを言うわけにはいかないし。私が思案しているとフェリの眉毛が心なしか下がった気がした。

「俺と二人っきりになるの、嫌?」
「え?」
「今日ルートも菊も来れないみたいでさ、俺一人なんだよね…二人っきりが嫌なら別の場所にする?」
「あ、そうなんだ。ううん、全然、嫌なんかじゃないわ…。新聞部の部室の方、あんまり行ったことないなって思ってただけだから」
「そう?良かった。なら俺と一緒に行こうよ。迷うかもしれないし」

流石に迷いはしないと思ったものの、無駄な気遣いをさせてしまったことに後ろめたさを感じてありがとうとだけ返した。
2015.9.18
title:不在証明