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誰もいない教室でだれていた。勉強しようと思って教科書を捲るけど、次の瞬間には緩やかに閉じる。集中なんて出来やしない。それは窓から溢れる強い夕陽のせいだけではなかった。 気が散って、本当に何も出来ない。かと言ってSHRが終わってすぐに帰宅することも出来なかった。私の中に溜まっているもやもやとした感情と、ここ最近あったことをどうしても自分の中だけに留めておけそうになかった。それで部活終わりのエリザに話を聞いてもらおうと彼女を待つことにした。私は既に限界が近かった。 改めて思い返してみると、ほんの些細なことだった。この間の日直の時、私とバッシュは先生から雑用を押し付けられて放課後作業をしていた。紙の擦れる音とホチキスの音、それ以外になかった。彼とは別に仲が悪いわけじゃない、けれど良いわけでもない。ただ会話をすればちゃんと続くし、社交辞令と本音を上手くミックスさせたそれなりの会話が出来た。 彼との会話の話題は専ら国際経済についてだった。彼の話はいつも面白かった。 その日も例に漏れず、紙を纏めながらバッシュはEU内部の経済状況を憂いていた。彼はスイス出身だが、EUに加盟していなくともやはり周囲の国々、同じヨーロッパのことを気にしているようだった。その点はアーサーと似ているなと思った。彼はユーロよりポンドがどうとか言っていたけれど、結局はやはり大陸の動向にも目を向けなければならないらしい。いや、今はアーサーのことはどうでもいいか。問題は、口から出るほとんどの言葉が国際経済絡みだったバッシュが、突然愛の言葉を吐露したことだ。もしかしたら愛の言葉とは言いすぎかもしれない。好きだ、の一言だったからだ。彼はヨーロッパの人で、スイスの人で、私は詳しくは知らないけど、多分挨拶の時ハグをするんだろうし、家族におやすみのキスを送るんだろう。だから彼にとっては、好意をそのままいたって簡単な方法で告げることに躊躇も羞恥も感じなかっただろうし、私と話す時に話題が国際経済に偏るだけで、そもそも別に特別なことでもないんだろう。それでも、私にとっては驚くべきことだった。びっくりしてホチキスを落とした私を、彼は呆れたように笑った。屈んでホチキスを拾うと、酷く滑らかな動作で私に渡す。見ていられなかった。作業が終わってすぐ私は逃げるように教室から出て、その後彼とはまともに話していない。 そんな時に、ちょっと困った噂を聞いた。エリザとベルちゃんと弁当を食べていた時だ。そういえば、とごく自然に話を切り出したベルちゃんに普段通り耳を傾ける。だが次の瞬間には箸で掴んでいた卵焼きを落とした。 「ロヴィーノ君、のこと好きらしいで」 エリザが食いついてベルちゃんと二人できゃあきゃあしている側で、私は幸いにも弁当箱の中に落ちた卵焼きを再び掴むことすら出来なかった。好意に対して困るなんて失礼かもしれないけど、今は喜ぶ暇もなかった。でも、これは断定ではない。ロヴィーノ君とはそんなに沢山は話したことはないし、彼は女の子好きと聞いたから、私もその中の一人なのだろうと勝手に思っていた。 しかし、その話を聞いてから変に意識してしまい彼を目で追うようになっていた。そして彼と視線が交わると、彼は電光石火の如く目を逸らした。彼の耳は赤かった。自惚れではないかと疑ってかかる度に、これは正真正銘好意だという確信に変わった。 まったくどうしてくれるんだ。二人の男の子から同時に好意を寄せられるなんて。呑気にモテ期などと考えられる人が羨ましい。 私には、二人に対して特別な感情なんてない。友達だと思っている。だから困っている。どうやってお断りするか、二人とも友達だから、どちらかを選び取ることもその逆もできない。大体まず私は恋をしていない。男の子として好きなわけじゃない。 駄目だ。疲れた脳で考えても堂々巡りを繰り返すだけで、まともな答えなんか出せない。ふと時計を見るといい時間で、そろそろエリザも出てくる頃だろうと思った。彼女は水泳部なので、屋内プールの側の更衣室からそのまま下校する。そこで待っていよう。鞄を持ち教室を出て、プールの方へ足を向けた瞬間、戦慄する。 「…、ちょっといいか」 「ロヴィーノ、君」 今一番会いたくない男の子の一人、ロヴィーノ君が、まるで私を待ち伏せしていたかのように廊下に立っていた。嫌な汗が出る。顔を直視できずに私は彼の前に落ちる彼の長い影を見ていた。 「」 「……」 「もう、気付いてたかもしれねーけど」 「…うん」 「好きだ」 ああ、やっぱり。視界がぐるぐる回る。言葉にしたことでより鮮明になった彼の好意が私に突き刺さる。しかもよりによってバッシュと同じ言葉で。 何も言わないまま俯く私をどう捉えたか分からないけど、ロヴィーノ君はゆっくりと近付いて、私を軽く抱き締めた。私は抵抗できずにされるがまま彼の肩口に頬をつけた。相変わらず視界は回転する速度を緩めない。 その時だった。強い力に引かれて後ろに倒れる。ロヴィーノ君が舌打ちしたのが分かった。 「我輩が先だったのである」 「だから何だよ」 背後から聞こえるバッシュの声に、遂に倒れてしまいそうだった。ロヴィーノ君が私の手を掴む。 「…二人とも、大事だから、このままがいいわ」 性悪女みたいな台詞を吐いて、私は顔を覆う。頭が痛い。頬が熱い。
2014.5.22
material:R.Planet.03 50000hit!!フリリク 沙夜様 / 南伊&瑞 / 二人に口説き落とされるお話 |