Ⅰ.太陽は交換できない

#1
薬草と薬草がどろどろに溶けて混ざり合った得体の知れない液体を、長い木の棒でかき混ぜていた。元の葉の香りからかけ離れた異様な臭いに、丁度部屋に入ってきたもう一人の部員の顔が歪む。

「陰気だなあ…もしかしてそれで彼女を落とすつもり?」
「お前にも意中の女が居るのなら、分けてやってもいいぞ」
「いらないよ!臭いだけで嫌われそうだ。そもそもおいらには実力があるからね」

人の自信作に臭い臭いとケチをつけるルーは、鍋の中を覗き込んでわざとらしく咳き込んだ。

「なんでまた、こんなのに手を出すかな。売って収入にするなら分かるけど、自分自身が使うなんて、利益もくそもないんだよー」
「くそとはなんだ、くそとは」
「やり方が卑怯だ」
「うるせえよ。己の力で獲るんだ、お前のその実力とやらと変わりはない」
「普通の人と違う時点で、一つズルをしてるじゃんか。は魔法が使えないんだよ」

。俺の好きな女。彼女の悪戯な黒い瞳が好きだ。笑った時にできるえくぼが好きだ。底の見えない優しさが好きだ。ただ彼女が好きだった。好きだったが、それ以上に嫌われるのを恐れた。彼女が俺の何か醜悪な部分をうっかり見てしまって、幻滅するのが怖かった。彼女は賢くてものを見る目があるので、いくら俺が取り繕っても結局は見抜いてしまうのだろう。それでも彼女の素晴らしい能力以外で俺の一部が暴かれる、もしくは漏れるのは避けたいと思ってしまう。俺の身勝手な願い、俺の立派な自尊心は、心の持ち物の陳腐さ以外の醜態を許さない。

「おいらは人間が互いに意思疎通しあうのに最適な方法を極めているからね。話術と言う。おいらは対等に攻めるよ」
「言ってろ」

ルーは一人で何かわけの分からない単語を吐いてから、もう昼休みが終わるよとついでのように言って、壁際に昼前から置いていた荷物を持って部室を出ていった。最初に話していたのはルーマニア語だろうか。明るくない言語は呪文のように聞こえて興味深いが、あいつのは大概ろくでもない言葉の羅列だ。もっと美しい単語を聞かせてほしいものだと常々思う。とはいえ何だかんだあいつはおせっかいで根はいいやつなので、俺は彼の忠告に従い鍋の火を消した。鍋と同じ成分でできている蓋を被せ、部室を後にする。しっかり施錠をしてから歩き出した。身の程知らずが入って鍋の中身を、万が一にでも口にしたら俺の労力全てが無駄になってしまう。
純粋さを通り越した俺の気持ちは、恋と呼ぶには甘ったるいし何だかこそばゆい。けれど多分それが一番しっくりくる表現で、顔を覆いたくなるほど年齢に見合わない幼稚な質量だ。考えれば考える程恥を自覚するしかなくなり、追い詰められていく。そんな中でも苦しんでいる中懲りずに思い出すのはやはりのことだ。そうやってまた俺は無限の地獄を繰り返す。愛しい。最悪だ。心臓が止まる。言葉が痞える。手を伸ばしたい。俺には何もない。
俺には、何もない。だから、正規のやり方では彼女に届かない。
途方もない絶望だ。その絶望を何度も奥歯で噛み締めて嘆く度に、欲は無様に肥大する。どうか、俺に気付いてほしい。彼女を傷付ける気は毛頭ない。ただ気付いてほしいだけだ。気付いて、願わくば、応えてほしい。
季節は晩秋。次の春が来れば、俺達は卒業する。リミットはあと数か月しかない。


#2
「アーサー」

凛とした声に心臓を鷲掴みにされ一瞬狼狽えるも、すぐに平静を装って手を振った。ノートを抱えたが笑顔でこちらへ歩いてくる。

「今回は長かったのね」
「まあ、俺にも非があったしな」
「俺にもって、原因はアーサーなんでしょ?ルー君に聞いた。変なの煮込んでたんだって?怪しすぎよ」

ルーの口の軽さを恨むと共に、俺は自分の作った魔法薬が台無しになってしまったことを憂う。あの時、魔法薬は既に完成していた。あとはゆっくりと冷ますだけで、部室の施錠も完璧だった。侵入者の痕跡もなかった。
原因は、普段から魔法薬を作っていて慣れているはずのルーでさえ顔をしかめるくらいの、強烈な臭いだった。蓋はしていたものの完全に密閉されていたわけでもなく、部屋中に充満した異臭は、ドアの隙間から漏れ出した。近くを通りかかった生徒があまりの臭いのきつさに眩暈を催して倒れたらしい。そいつが発見されたことで、魔術部の秘密の活動内容も危うく外部へ漏れるところだった。倒れたのは教師にこびへつらって地位を得て、彼らの手先となって風紀委員の真似事をする、いけすかない男だった。そいつは普段から魔術部に対し蔑んだ感情を持っていて、やれ非科学的だの思考が中世だのと裏でほざいていたのを知っている。倒れたと聞いた時はざまあみろと思ったが、しかし善良な教師にまで事が知られてしまい面倒なことになった。しばらく部停だ。だが換気のために窓を開けねばならず、窓を開けっぱなしにするということは誰かがそこに居なければならない。部室は3階なので防犯上あまり問題ないのだろうが、要するに俺達への、いや俺への罰なのだろう。この時代には珍しい罰だ。遠回しな体罰。なにせもう木々は歯を落として冬に備えているのだから。

「別に怪しいものじゃねえよ。由緒正しき製法でできた……まあ、まじないみたいなもんだ」
「この間の文化祭で販売していたお菓子みたいなもの?」

俺達魔術部は毎年、文化祭でまじないをかけた菓子を売る。その効力は俺達にとっては軽い「まじない」程度のものだが、一般人が使うためにはこのくらいにしておかないと相性が悪ければ身体に悪影響が出てしまう。だから大抵は、田舎の娘達が集まって楽しんできたような恋愛にまつわるまじないを、菓子にかけるだけだ。ちなみに菓子は市販のものである。手作りのものを販売するのにいちいち申請しなければならないのが億劫なのと、調理室が料理研究部に占領され結局使えないのが理由だ。菓子自体にまじまいを練り込むことで効力を強めてしまうので、それを防ぐ目的もあるが。

「あの菓子とは少し種類が違うんだ」
「へえ、あの時のお菓子みたいなものなら私も欲しいなと思ったんだけど」
「駅の裏のドラッグストアで安く仕入れられるぞ」
「ううん、そうじゃなくて、魔術部自慢のおまじないがかかったお菓子がほしいの」

の声で、心臓が一際大きくはねる。そうとも知らずに、彼女が笑う。

「友達がね、魔術部のお菓子を食べてから告白したら、うまくいったんだって」
「……好きなやつがいるのか」
「アーサーって空気読めないの、それともデリカシーないの」

少し呆れたような、だけど楽しそうなが、まるで呼吸のような溜息を吐いたのが分かった。

「それを訊ねるのは、野暮ってものよ」

私も魔術部の成果のおこぼれを頂戴したいじゃない、と小さく続けた彼女に、俺は何か適当な皮肉を返そうとして、けれど口の中が渇いていて何も滑り出てこない。焦って何とか唾を飲み込むと、が俺の顔を覗き込んで怪訝そうに問うた。

「…もしかして、特別なの?あのおまじないって。だから文化祭の時だけしか作らないの?それなら無理にとは言わない。こじれて友達を失いたくはないしね」
「友達、な」
「そうよ、友達でしょ?」

意識が遠退く錯覚に、気持ちが悪くなった。
2017.12.25
title:as far as I know