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「適当に座って待ってて。何飲む?」 「何でもいい…」 「んじゃ、紅茶な」 ブル君がキッチンへ向かった。私は彼が持ってくれたキャリーケースとバッグを部屋の端っこに寄せる。自分が持っていたポシェットもその上に置いた。つっ立ったまま部屋をぐるりと見回すと、自分の家とは別の意味で見慣れた彼の部屋の空気に安堵した。ベージュのソファーにそっと腰掛けるとふわりと沈み込む。さっき暖房を入れたばかりなのに温かい気がした。ソファーに適当に投げられていた彼のブランケットを抱き締めて、においを鼻で吸い込んで口から吐いた。何だかものすごく幸せな気分だ。そのまま不躾にもソファーに横になる。 「何してんの」 「紅茶は?」 「まだなんだわ。それより、それはやばい」 「……ちょっと!」 ブル君が私の上に覆いかぶさってきてソファーが変な音を立てた。彼のにおいが直に感じられて心臓が煩い。すると突然ブル君が私の腰辺りを擦ってきて思わず笑ってしまう。いつもなら平気なのに、彼がわざと擽ったくなるように指を動かすから堪え切れなくて声が出た。どうにかやめてと言っても彼は可笑しそうにしているだけで当たり前のようにやめてはくれなかった。暫くしてやっと擽りから解放された私は深く息を吐く。ブル君は尚も可笑しそうに私の上で体制を変えた。彼は私の顔の横とソファーの背もたれに手を置いて、私の腰の脇に膝を付く。ぎしり、とソファーが鳴く。瞬間、嫌な汗が流れた。大好きなブル君にあの人が嫌でも重なる。一方的な感情を浴びせながら強い力で無理矢理私を押し倒したあの人は、嫌がる私の上に跨って笑った。むしり取るように脱がされた服が周囲に散らばっていて、それらを横目に断続的に繰り返される刺激に涙が溢れた。あの人が手を高く振り上げて、私は眠るように目を閉じる。鈍い痛みが、頬に広がった。 そんな記憶が頭の中を高速で流れていって、私はブル君の下で小さくなってしまう。ブル君は初め不思議そうに私を見ていたが、慌てて私の上から退けた。 「ごめん、…ごめんな」 「……だい、じょうぶ」 「…紅茶、淹れてくる」 逃げるようにキッチンへ消えた彼を悲しい気持ちで見送った。彼にはあの人との嫌なことも、ちょっと露骨なことも、汚いことも、何もかも全て話してあるので、恐らく感づいたのだと思う。あの人との暴力を伴ったセックスは別に一度や二度ではないし、最近では私もある程度は慣れてもう何も感じなくなってしまっていたので、まさかあんな風に思い出して身動きが取れなくなってしまうなんて思ってなかった。と同時にブル君を傷付けてしまった後悔が押し寄せて来て、私は滲んだ涙を拭って彼の元へ走った。 「…おお!?」 後ろから急に抱き着くと流石にブル君も驚いたみたいで声を上げた。私は構わず彼のお腹に腕を回して広い背中に顔を押し付ける。ブル君がやかんをコンロに置いて、私の腕を優しく叩く。腕の力をゆっくり抜くと、くるりと振り返ったブル君に頬を撫でられる。私は彼の手に自分のそれを重ねて彼を見つめた。 「…」 「ブル君、ごめんなさい…」 「いや、違う。俺が悪かったんだわ…ごめんな。大丈夫か?」 「うん、もう平気」 「…そっか」 私のおでこにキスを送るブル君に自然と口元が緩む。ブル君と愛し合えないなんて冗談じゃないと思った。両親やあの人がしゃしゃり出てくるまでは、ブル君と普通の恋人みたいに過ごしていたのに、あの人達のせいで私達の生活はぶち壊された。嫌悪と恐怖で眩暈がする。それでも私はブル君を諦めなかったし、諦められなかった。ブル君も私の身に起きた理不尽に本気で憤って、沢山心配してくれた。さっきだって、私があの人との怖い記憶を思い出したことに気付いて、ブル君は何も悪くないのに私に気を遣ってくれた。 彼は付き合う前から優しい人だ。あの人とは比べ物にならないくらい、いや、比べるのも失礼なくらい、素敵な人だ。私は甘えるように彼に擦り寄ると、ブル君もそれを優しく受け止めてくれた。 「、紅茶が冷めるんだわ」 「うん」 彼を誘導するようにキッチンから出て、ミニテーブルの前に二人並んで座った。彼のブランケットを膝に掛けるとブル君も入ってきて狭かった。私達は無駄に密着して飲みづらい体制でカップに口を付ける。私達が長い時間キッチンで遊んでいたせいか紅茶は少し苦かった。
2014.11.23 title:LUCY28 |