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いつも決まった曜日の決まった時間にそこに現れる彼女に見とれていることに気付いたのは、腹が立つことに腐れ縁的な男の言葉のおかげだった。俺をからかうように奴が口にした言葉は、その場にいた他の友人をも巻き込んで俺を酷く驚愕させるものだった。 彼女が座るのはいつも窓際の前から六番目の席だった。大学ともなると教室も広く、あまり後ろすぎても黒板の字が見えづらいし、前すぎても教授の餌食になってしまう。昔はそれこそ違ったのだろうが、今は大学の講義であっても受け身すぎる講義の方が少ない。自主性やら積極性やらを身に付けさせるために、大学側も大変なのだろう。そんなこんなで席の選択は実は重要なのだ。彼女は実に良い場所を取っていると思う。 窓から差し込む西日が彼女の半身に当たり、彼女の形をしている影を作った。単純に、素直な感想として、綺麗だと思った。 美しいものに目がいってしまうという言い訳でも十分通用したはずだ。しかしそれだけでないことは、何度も言うように、大嫌いな男のおかげで知っている。奴の表現が妙にしっくりきたのだ。本当に、癪に障るが。 それから俺は、彼女の後ろ姿がよく見える位置へ移動した。彼女の席の斜め後方で、西日が当たらなくて、適度に離れていて、彼女が視界に入っても決して不自然ではない場所へ。その内、彼女の名前も知ることができた。レポートの返却のために、教授が彼女の名前を呼んだからだった。受講人数と教室の広さが微妙に合っていないこの講義を取って良かったと改めて思った。教授のアドバイスを聞いている時の彼女のやわらかい笑みは、大人っぽい顔立ちに反して可愛らしかった。また暫くして、友達と談笑している彼女を見かけた。耳に残る、落ち着いた声だった。 彼女を思い出そうとすると、その声が何度だって耳元で再生される。決して珍しくもない、平凡な女性の声なのだろうが、俺にとっては、好きな女性の持つ唯一無二のそれだった。 そしてその声で、自分の名前を紡がれる日が来るなんて、思ってもみなかった。 「ごめんね、ベールヴァルド君」 プリントでパンパンになったファイルを抱えた彼女が、困ったように笑っていた。 「この教室、この後うちのサークルで使うんだ」 西日に照らされた彼女に釘付けになる。じわじわと目に焼き付けられていく彼女の姿に声も出せずにいると、彼女が小さくあっと声を漏らした。 「ごめんね、突然名前で呼んで……苗字難しくて…」 「……ええど」 「え?」 「名前」 俺がそう言うと彼女の表情が少し緩む。自惚れでないと、信じてみたくなった。 |