砂糖じゃなくても

砂糖じゃなくても


「エリザ、ケーキ食べよう!」

エリザがきょとんとした顔を晒した。引き連れてきたリヒテンちゃんは苦笑しながら私達を見ている。

「なあに、突然どうしたの?」
「甘いものが食べたいの。放課後どう?」
「いいわね…いいけどどうしたのよ」
「そうね…強いて言うなら達成感?何も達成してないけど、それが今すごくて」

リヒテンちゃんが口元に手を添えて、おかしそうに笑う。何が何だか分からないといった顔のエリザは、けれど「吹っ切れたってわけね。よく分かんないけど」と言ってちょっと安心したようだった。彼女がそんな感じなので私も敢えて口に出したりしないけど、心の中ではとても感謝している。

「じゃあ、ちょっと歩くけど、大通り沿いに新しくできたところにでも行ってみる?あそこすごく美味しいの」
「決まりね」

エリザと約束して、リヒテンちゃんとクラスへ戻る。リヒテンちゃんも行ってみたかったカフェらしく小さくはしゃいでいて可愛い。

さん、とても楽しそうですね」
「まあね。でもリヒテンちゃんもでしょ?」

彼女は恥ずかしそうにはにかんだ。私も嬉しくなって、授業が始まっても暫く口元が緩みっぱなしだった。


*****


「それで、話って?」

私が促すと、菊は少し逡巡してから私と向き合うように立って、口を開いた。

「すみませんでした」

しっかりと腰を折って頭を下げる菊に私は面食らう。真面目な菊らしいといえば菊らしいが、私はもっと肝心なことを聞けていない。

「それは、何に対する謝罪なの?」
「…貴女を、追い込んでしまったことについてです。考えてみれば、そうでした。私は自分の気持ちを貴女に押し付けるばかりで、本当は貴女の気持ちなどちっとも……」

そこで一旦顔をあげて、困ったように、自嘲するように笑った。

「エリザベータさんとリヒテンさんに、こっぴどく叱られたんですよ」
「えっ…」
を蔑ろにするなと…私がやったのは自己中心的で無責任なことだとね」
「二人がそんなことを?」
「ええ。二人とも憤っていらっしゃいました。あ、別に怒鳴られたりとかはしていませんからね。彼女達は貴女を思って、私に忠告して下さっただけですから。でも、そこで漸く気付いたんです。彼女達の言う通りだったことに。だから、すぐにでも貴女に謝罪すべきだと思って…」

菊がもう一度、すみませんでしたと謝罪する。私は今日の二人の様子を思い返していた。エリザもリヒテンちゃんも些細なことでは怒らない、優しい人達だ。そんな彼女達が菊に何か言ったことがとても信じられなくて、でもそこまでさせてしまった自分の不甲斐なさを恥ずかしく思った。きっと心配させてしまったんだ。私のひ弱な心の内なんて、簡単に見透かされてしまったんだ。

「貴女の立場や気持ちを考えず、あんなことを言って、あんな態度を取って、本当に、」
「いいの」

彼の言葉を慌てて遮る。エリザとリヒテンちゃんの優しさに浸って、私の代わりに怒ってくれたことで逆に頭を冷やすことができた。

「いいのよ。菊が私のことを考えてないなんて、そんなこと思ってない。ただ…びっくりしてどうしたらいいか分からなかっただけなの」

嬉しくなかったわけじゃない。私にとって菊は本当に大切な人だ。だけど、それは菊が私に感じる「好き」とは違う。大切だからこそ、答えを出して、伝えなければ。引き伸ばせば引き伸ばす程、傷付ける。
大丈夫。私は真実を告げるだけだ。何も悪いことはない。自分に幼稚な呪文をかけて大袈裟に奮い立たせた。本当はもうそんな子供だましのおまじないが効く歳ではないことくらい分かってる。
それでも菊は、ずっと小さい時から一緒だったからこそ、彼には効果があると信じていたいのだ。彼は私のぼんやりとした記憶の中に最初から居る。馬鹿なことも、よく分からないことも、新しい発見も、悲しい出来事も、一緒に経験してきた。男と女の境目がなかった頃から知っている彼に当時のおまじないが十分効くことに安堵したいのだ。

「菊のことは好き。でも、そういう『好き』じゃない」

震える身体を隠して、あくまで凛とした姿を見せながら最後まで言った。すると彼は何故か嬉しそうに、そして悲しそうにそうですかとやわらかい溜息と共に吐く。

「…ごめんなさい」
「謝る必要なんてありませんよ。寧ろ、はっきりとそう言って頂けて嬉しいです。…今まで通り、幼馴染として仲良くやりましょう」
「…うん」

仲良くやりましょうなんて、妙に大人ぶったことを言う彼に、申し訳なさで潰れそうになった。私は嘘は吐いていない。それなのにこんなに苦しくなるとは知らなかった。いや、真実だからだろうか。重いのはその飾り気のなさから来ているのだろうか。
家まで送ってもらい、風邪を引くから家に入りなさいと私を想う彼に大人しく頷いて、けれど自分の家に帰っていく彼の背中を、見えなくなるまで見つめていた。私達の関係はこれまでと変わらない。けれど、私達はこれまでには戻れないんだ。
2016.2.9
title:深爪