捻じ曲がる
「ロヴィーノが泣いていたわ」

彼の背後からこっそりと囁くと、アントーニョはまるで私に気付いていたかのように、動揺も見せずに間抜けな返事をした。

「そっかー」
「助けに行かないの?」
「行った方がええ?」
「…知らない。行きたければ行けばいいわ」
「うーん。一昔前の俺やったら確実に行くんやろけどな」

そう言って騒がしい方へ視線をずらすアントーニョは、ロヴィーノのもっと後ろの方を焦点の合わない瞳で見つめている。私は狼狽しながら彼の横のイスに腰掛けた。この人が一等可愛がっていたロヴィーノを手放すなんて思えない。一昔前と言うが、ほんのつい最近までロヴィーノが泣きつけば嬉しそうに庇ってあげていたのに。それはもう、異常な程過保護に。そしてロヴィーノもそれを当たり前に受け取っていた。

「ロヴィーノ、でっかくなったなあ」

私はフェリシアーノ側にいたので分からないが、彼と双子なら、ロヴィーノもまたフェリシアーノのような赤子だったに違いない。小さくてひ弱で、誰もが羨む財産を拵えた格好の的。いや、それだと語弊があるかもしれない。絢爛な財産は彼自身の手が拵えたわけではないのだから。全ては彼を形作る細胞の仕業である。彼に限らず、私達国家はそれによって生かされる。何て美しくて危ういんだろう。私はフェリシアーノのあまり開かない目を見る度に哀れに思った。だって、当時彼は弱かったから。私だって大した力は無かったけど、守ってあげたいという庇護欲は簡単に生まれた。だから、アントーニョとて同じなのだと思っている。そうでなければあの過保護は正真正銘の異常だ。
彼がブラウンのスーツのジャケットからタバコを一本取り出して火を点けた。また珍しいことをする彼に私は目を見張るが、次の瞬間には盛大に噎せるアントーニョの背中を擦ってあげる。

「…まず」
「変ね、貴方がタバコを嗜むなんて…」
「昔は平気やった…はずなんや。ちょっとほっといた間にまずなってしもたん?これやから人間は…」

苦虫を噛み潰したような顔で暴言を吐く前にもう一度咳をしたアントーニョは、そのままの顔で立ち上がって私の唇を舐めた。グロスが剥がれるじゃない、などと文句を言う前に深くなっていくキスに、私は彼の袖を握りしめて応える。周りの喧騒が邪魔にならない程度にクラシック音楽のBGMだった。そんな表現をした自分が可笑しくて自嘲する。クラシック音楽だなんて。高尚なかけらもない。大国がただ騒いでいるだけだろうに。しかし、部屋の隅でキスをする私達に気付いていない辺り、やはり古典音楽なのだと思った。
アントーニョの苦い舌が私のそれと絡まる。私の舌には紅茶がこびりついていて、砂糖を入れすぎてしまったから結果丁度良かった。アーサーの紅茶は美味しいから、つい飲みすぎてしまうのだ。
アントーニョはそれに気付いているだろうか。

「そんなこと、言っては駄目よ」

漸く離れて口元を拭う彼に、私は困ったように告げる。私は自分の唇の感触から、早めに化粧室に行った方がいいなとぼんやり考えた。

「私達と彼らでは、立場が違う」
「……そうかもしれへん。他の女よりも、の方が美味そうやし、実際美味かった」
「私の前で他の女とのあれそれの話をしないでよ」
「はは…妬いてるん?意外とかわええとこあるやん」

屈託のない笑顔で私を抱き締めて頬にキスをするアントーニョから、やっといつもの太陽の香りがした。それでも彼はロヴィーノのことを助けに行かないようだった。

、お前は勘違いしとる。ロヴィーノはほとんど何も、持っていなかったんやで。お化粧の大半を、フェリシアーノにだけ似合うようにされて……強いて言うなら、神様は酷いお方やった。ロヴィーノは可哀想な子やった」
「そう…。でも可哀想なのは、フェリシアーノも同じだった。持て余すくらいなら、血を分けた兄と半分こにすればいいのになといつも思ってた」
「でもそうならないのが、人間の欲や」

仕方がない。私達は確かに、人間が居ないと命を貰えないのだ。

「なあ、何で俺がをこない愛してるか、考えたことあるか?」
「貴方の口から愛してるなんて初めて聞いた」
「いけず」

アントーニョが恥ずかしそうに私の頭を撫でる。

「俺がおらんと駄目やなあって、思ったからなんやで」

捻じ曲がる
2015.11.26
material:Miss von Smith
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西 | 葉様