「また見てる」
横からかけられた声に、うんざりした気持ちを隠そうともせず、そうよと呟いた。
髪は秋の稲穂のように煌々と輝いて、透き通る瞳は夏の湖、春の訪れは彼の低い声から感じ取り、温かな手は冬をも溶かした。手法は閉じ込められた過去の記憶を穏やかに思い出す時と同じだ。懐かしくて酷く切ない。彼のことが好きだった。逃れられない締め付けに胸が焦がれた。
「俺にはわっかんねえ」
「分からなくて結構」
私の気持ちを理解されてたまるか。この痛みは私だけのものだ。赤の他人に共有されるくらいなら飛び降りて死んだ方がいい。恋は盲目で痛くて、羞恥が伴うものだから。
香は缶コーヒーを最後の一滴まで飲み干すと、イスに座ったまま自販機横のごみ箱へ放り投げる。が、失敗して缶は床にころころと転がった。中身は出なくて、本当に全部飲んだのだと感心していると、向こうから視線を感じる。彼だった。缶の転がった音に、無意識にこちらを向いたのだろう。一瞬だけだったけど目が合って、私は思わず俯いた。今度は香がうんざりした様子で頬杖をつく。
分かってる。分かってる。分かってる。
「はあ、随分と、純情なladyでいらっしゃる感じですか」
「……」
「女ってどうしてこう、無駄なことばかりするのか理解不能的な」
私は香を睨み付けて、先程買ったばかりのチョコレートを出して齧る。歯に響く固さがチョコレート特有の甘さを誘発し香り高いカカオが口の中に広がった。恋とはきっとこんな味なのだ。ホワイトかミルクかビターかは置いておいて。
香は、私が彼のことを心に留めるようになったその日から全てを見抜いた極悪人である。人の脆い心を抉りだし晒して嘲笑う、趣味の悪い男だ。それまで私にとって香は気兼ねなく話せる友人で、今もそれは変わりないけれど、香の、私があの人に熱を上げているのを真横から半ば呆れたように眺める行為は、本当に不快だった。叶わない、釣り合わないと、言われているみたいで。
彼は恐らくは友人として正論を述べているだけなのだ。恋は盲目で痛くて、羞恥が伴うものだから。目が見えなくて、痛みに嘔吐く私の代わりに、教えてくれているのだ。
「…女に限ったことじゃないわ。香だって、同じことしてるじゃないの」
「俺が、いつ、誰に向かってそんなことした的な」
「私があの人に傾いてる時の貴方の視線がまさしくそうでしょ」
そうでなければ、説明がつかない。馬鹿な私にいつまでもやめろと言う人はもう香しか残っていないのだ。そして、私が香を腹立たしいと思うのも、これしかない。あの人とは見た目も中身も正反対の香に何を言われても私が靡くはずがない。だって、香の髪は強くて、瞳は落ち葉のくすんだ色で、聞き慣れた声は友情以上の安心を生まないし、手はどちらかといえば冷たい。よく覚えていて、日常にも程がある。香は当たり前だけどあの人じゃないし、私が見ているのはどう考えてもあの人だけだ。乖離はまた新たな乖離を作るのみ。
「香はね、馬鹿な私に、正真正銘お前は馬鹿だと突き付けているだけよ。そんなんじゃ変わるわけがない。私が生きてきた今までを覆せないのと同じように、心の機微は誰にも支配できないことなの。勿論、私自身にもよ」
「つまり?」
「私みたいな人間は掃いて捨てる程いるわ…暇ならそちらを構ってあげればいい。友人としての助言は、もう聞き飽きたのよ…」
分かってない、と思ったが分からなくていいことなので私は目を伏せるだけに留める。香が感情のない顔で考える素振りを見せて、やがて思い付いたように口を開いた。
「生気が抜けてほとんど死んだようになっている
でさえも、まだ好きだと思える自分マジ器でかい的な」
「……」
「Joke. 俺も、自分のことどうしようもない奴だと思ってる的な。お前のことが好きなのはjokeじゃないし。他の男しか見てなかったら、悪魔のadviceもしたくなる的な」
彼が立ち上がって床に転がる缶コーヒーを拾い今度こそゴミ箱に捨てた。無機質で意外と派手な音が響く。私は辺りを見回すが、あの人はもう居なくなっていた。うなだれる私に香が手を差し出す。それこそが悪魔の所業だと考えると私は閉口せざるを得なかった。
この手を取ってはいけない。心に秘めた想いはあの人の元でしか消化できないのだ。それなのに私は冷たい手を求めて顔を上げる。本当は。
呆れないで、誰でもいいから、愛してほしかった。
落ち葉の瞳
2015.12.27
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香 | 匿名様