情けない安堵を殴る
情けない安堵を殴る
APH:普

パーカーを着ていられない季節になった。
籠る熱に耐えられなくなってベッドから這い出る。首回りが汗ばんでいて気持ちが悪い。やけに静かな自宅を不思議に思いながらリビングへ向かうと既にルッツはいなかった。そういえば今日は会議だとか言っていたような気がする。テーブルの上には珍しい朝飯が用意してあった。ルッツは最近料理の面白さを知ったらしく、時たまこんな風にちょっと凝ったものを作るようになった。できたてを食えなかったのが非常に残念だ。
冷めてしまってはいつ食っても変わらないと思い先にシャワーを浴びようと廊下に出ると、洗面所の方から水の音がする。この家には今俺しかいないはずだ。おい誰だよ。不審者か。マジかよ。何で人ん家で勝手にシャワー…いやその前に不法侵入じゃねえか、引きずリ出してやる。俺はできるだけ足音を立てずに脱衣所に近付いて、中の様子を伺う。

「やっと起きたの?あっち行ってよプロイセン」
「……はあ!?」

扉の向こうから女の声がした。それもよく知った女の声だ。

「お前何やってんだよ!こんな…こんなん上司にばれたら面倒なことになるぞ!」
「ドイツが良いって言ったのよ…分かったら早くリビングにでも行って。覗かないでよ」
「覗いてねーよ!」

来る時と違いドタドタと大きな足音を立ててリビングへ戻り、気持ちを落ち着かせるために冷蔵庫から冷たい飲み物を出そうとするが切れていたようで見当たらない。仕方なく湯を沸かしコーヒーの準備をする。何なんだ一体。そもそも何であいつが俺の家にいるんだ。ルッツが許可したようだが、あいつらそんなに仲良かったか?まさか、そういうことなのか?いやいやいや。

「一人で何してるのよ」

俺としたことがびびって情けないツラを晒してしまった。彼女は気味の悪いものを見るような目つきをしている。俺が下手な弁解をしていると溜息を吐いてそのまま俺の横を通っていった。くそ、シャンプーのにおいがする。はラフな格好で髪をタオルで拭きながらソファに腰掛けた。俺はなかなか沸かない湯の様子を見ながら、弟と彼女のただならぬ関係について考える。あいつはそう易々と他人を自分の家に入れないから、何か特別な理由か関係性でもないとこの状況は説明できないのだ。別に二人がそういう仲であっても俺には関係ないことであるし、女っ気のないあいつにも遂にそういう人ができたのだと思うと喜ばしいことだ。喜ばしいはずだった。その女がでなければ。
兄弟で同じ女に惚れるなど、運命とは残酷で皮肉だ。どっかの紳士も青ざめるだろうな。いや、流石兄弟だな、と鼻で笑うかもしれない。そうされたら是非、お前には兄弟の絆が無いもんなと笑い返してやろうと思う。
まあそんなことは今はどうでもいい。それよりも、俺は兄として、弟に譲るべきなのだろうか。弟の幸せのために身を引くべきなのだろうか。そうだな。あいつのためなら何だってやってきた俺が、たかが一人の女で崩れるわけにはいかねえ。

「あ、ねえ、その朝ごはん私が作ったのよ。食べて感想教えてね」

言われて、俺はテーブルの上の、いつだったか彼女の国のホテルで食べた朝食を思い出した。 ルッツのためとはいえ、そう簡単に諦められるわけなかった。

「お前、ルッツと付き合ってるのか?」
「……付き合ってないけど」
「その間は何だよ」
「別に。さっきから意味分かんないことばかり言ってくるなって思っただけよ。お湯じゃなくて頭沸いてるんじゃないの?」
「何の話だよ!」
「さっき脱衣所で私、覗くなって言ったでしょ。それに対してプロイセンは覗いてねーよって言ったのよ。覗かねーよって答えるとこなのに。…まるで直前まで覗いてたみたいにね」
「覗くわけねーだろ!そこまで趣味悪くねーよ!」
「だから動揺して挙動不審になったりドイツと付き合ってるのかとか訊いてきたんだと思ってたけど…どちらにしても最低ね」

余計なことを言った気がしないでもないが、要するにはルッツとは付き合っていないということか。しかしでは何故、ルッツはこいつを自分が仕事でいなくなるのに家に残したんだ?ますます分からなくなってしまった。
が冷たい飲み物を欲しがったので、協議の末俺が近くのスーパーまでオレンジジュースを買いに行くことになった。覗きの刑とするらしい。俺がいくら覗いてないと言っても聞き入れてくれなかった。この女は綺麗な顔をした魔女だ。
家を出る時、彼女は蚊の鳴くような声で言った。

「本当に最低よ…」

その呟きの真意を知るのは、もっとずっと後のことだ。