抱きしめた責任はとれ
いつもなら置いてあるはずのネームプレートが無かった。部屋を見渡すと、私と同じようにおろおろしている人と、既に座っている人がいる。
「おはようフェリ」
「Buon giorno!!
」
「ねえ、席って決まってるの?プレートが無いんだけど」
「ヴェー、今日はねー自由席なんだってさ。会議中の自由な発言を更に促す為の実験らしいよ」
「私語が増えるだけだと思うけど。ちなみに誰がやってるの?」
「アルとルートだよ」
「ふうん」
フェリにありがとうを言って彼の元から離れる。彼の両隣には既に誰かの荷物が置いてあって座れなかった。エリザもまだ来ていないようだ。私は両隣がまだ空いている、部屋の奥の方の席に一人座った。バッグからファイルと筆記用具、ノートパソコンも一応取り出してテーブルの上に置く。少し幅を取ってしまうけど問題無いだろう。私の席の丁度向かい側では、アイスランドがデンマークとノルウェーに不機嫌な顔を向けていた。大方また何か子供扱いされたんだろう。思わず笑みを溢すと、私の左隣にベラルーシが派手な音を立てて座った。そしてその隣に鞄を置いて、誰かの席も確保したようだ。ロシアだろうけど。
彼女も相当すごい顔をしていて、何か話しかけようとしたけどやめる。その間にアイスランドの隣にはデンマークとノルウェーが当たり前のように座っていた。スウェーデンとフィンランドはそんな三人とは別に少し離れた席にいる。
「隣いいですか」
声のした方を振り向いて、自分の準備の悪さを呪った。
「ああ、うん。どうぞ」
ブルガリアはルー君と一緒に来たようで、そのルー君はブルガリアの右隣に荷物を置いて席を外した。不意討ちに火照る顔を冷ますために私は再び部屋をぐるりと見渡すと、参加者の半分くらいは席についているか荷物だけ置いてどこかに行っているかで、あとは中途半端な場所にぽつぽつと空席があるだけだった。それで私はきちんと納得する。そっか、たまたま私の隣に二人分席が空いていたんだわ。私は短く溜め息を吐いて気を引き締める。ブルガリアが私を気にしてたなんて、都合が良すぎる。彼は偶然私の隣に来たんだ。心臓に悪すぎる偶然だけど、嬉しくないはずがない。
緩みそうな口元をどうにか普通に保ちつつ腕時計に目をやると、もう会議開始時刻を過ぎていた。
「間に合ったんだよー…って、時間過ぎてるのにまだ始まってなかったんだ」
「ああ。しかも主要国が大分いないんだわ」
「えーどうしたんだろうね。お、
じゃん。いつからそこいたの?」
「貴方達が来る前からいたわよ」
「そうなんだ?おいら気付かなかったんだよ」
ルー君とブルガリアの会話をこっそり聞いていたら突然ルー君に話しかけられて本当に驚いた。まあルー君がいつも通りなので少しは救われる。ブルガリアの姿を視界の端に入れてルー君と喋っていると、ふいにブルガリアがこっちを向いた。
「…
?」
「え?」
「ああ、彼女の人名
っていうんだよー。ブルガリア知らなかったんだ」
「へー。
ね」
「うん…そうなの」
まさかまさかまさか。どうして今日はこんなことが続くのだろうか。色々耐えているから多分顔は赤くはないだろうけど、ブルガリア達と上手く会話できているか分からない。ちゃんと喋れているか、いつも通りか自信がない。
別に、名前を知られたところで、呼ばれたところで、他の人なら何も思わない。ブルガリアに関わる時だけ、私の知らない私が現れる。不規則で無秩序で、まるで予測不可能な感情だ。
そこで私は自分を戒める。いい年をして。散々色んな男と寝てきて、今更若い子みたいに恋に振り回されて。彼はまだまだ若いけど、私は違う。私は彼とは違う。そもそもこの立て続けに起こったことだって、今日たまたま自由席で、たまたま私の隣に二人分席が空いていたからで、すべてただの偶然なのだと、始めに自分で片付けたはずだ。都合のいい解釈なんて彼に失礼だわ。
そんな諦めに似た言葉は、何回も自分自身に言い聞かせすぎて正直耳も頭も痛い。だけど一番痛いのは、らしくないことに生娘みたいに神経をすり減らす私だ。
「……
」
気が緩んでいる証拠に心臓が激しく波打つ。時間を過ぎても始まらない会議に最早纏まりなどなく、各々勝手に雑談の輪を広げたり部屋の外へ出ていってしまっていた。そんな喧騒の中、ブルガリアが私の名前を呼ぶ。
「
」
「…何?」
「大丈夫ですか?顔色良くねーけど」
「そう…かしら。それにしても会議はいつ始まるのよ…ああ、多分顔色悪いのはそのせいよ」
「そんな会議好き?」
「好きとかじゃないのよ。…まあこれ以上話したら愚痴になるからやめるけどね。心配してくれてありがとう」
「…
は、」
ブルガリアの言葉を遮るように、会議開始時間を遅らせるというルートの声が響く。そうして正解だ。フェリはもう寝てるし、ローデリヒは見るからに苛々している。
元凶のアルやアーサー達から何か連絡は入っていないのかしらと思い、ルートの所に向かおうとした、その時だった。
「どこ行くの」
「え?ルートのとこだけど…アル達から何か連絡来てないのかと思って。それに、予定が狂ったから色々調整しないといけないし」
「大方まだろくでもないことしてたんですよ。
がそんな奴らの尻拭いする必要ないんだわ。会議のこともドイツ達に任せておけば大丈夫だから」
「尻拭いってほどでもないわよ、いつものことだしね」
「付き合ってるから?」
「え?」
「…イギリスと付き合ってるから、別にこんなこと苦じゃない?」
私は予想外の言葉に目を僅かに見開く。対してブルガリアは至極真面目な表情で私に問いかける。私がアーサーと付き合っているなんて勿論デマだ。
「…私、アーサーと付き合ってないわよ」
「……ほんとに?」
「嘘吐いてどうするのよ…それより、そんなこと誰に聞いたの?もしかして噂でもあるの?」
「いや、俺が聞いたのはルーマニアだけど」
ふとその元凶の方を見るといつの間にかいなくなっていて、私は溜め息を吐く。まったく何がしたかったんだろう。ブルガリアも、ルー君が言ってる時点で何かの冗談だと疑うべきだと思う。確かに国としてアーサーとは仲良くしているつもりだけど、そんなに親密に見えるかしら。
「ルーマニアの奴…」
「そうね。彼が帰ってきたら問い詰めてみるわ」
「…で、本当に付き合ってる人はいるの?」
「えぇ…いないわよ」
「でも、そうなりたいって思ってる男はいるかもしれないんだわ」
「ちょっとブルガリア…私のことどんな女だと思ってるか知らないけど、私そんな好かれるような性格じゃないし、ここにいる皆の中でも大分年上よ。おばさんなの」
「俺はそうは思わねーけど」
「いいのよ、フォローしなくて。というか私のこと買い被ってない?」
「俺はいつだって俺が正しいと思うことを選び獲ってるんだわ」
「すごい自信。若さね、羨ましい」
思わず笑うと彼もつられてくれた。
「ただいまー。どう?進んだ?」
「会議ならまだ始まってもないわよ」
「ううん、そっちじゃなくて」
「ルーマニアお前もう喋るな」
「えー!酷いんだよブルガリア。せっかくおいらが気を利かせてやったのに!」
「何の話してるのよ。それよりもルー君、私がアーサーと付き合ってるなんて、ブルガリアに嘘吐いたのね?」
「え!そんな話までしたの!?ブルガリアやるじゃん!」
「お前ほんっとにやめろ」
よく分からない会話をしている二人に和やかな気持ちになる。仲が良くて、ちょっと羨ましい。
「それより昼どうする?このままじゃどうせ会議なんか始まらないよ。先に食べて来ない?」
「お前自由すぎるんだわ」
「ほらブルガリア!チャンスだよ!」
「…言われなくても分かってる」
そう言うとまた私の方を向いて強い視線を寄越すブルガリアに目眩がした。心なしか、彼も緊張しているみたいな顔をしている。
「…来る?」
「え?あ、ああ!ご飯?うん、行く。一緒に行くわ…」
歯切れの悪い私達に横のルー君だけが吹いた。
2014.2.18
title:深爪