だからあなたには救えない
だからあなたには救えない


ほんの冗談のつもりで、好きな子ができたと呟いた。俺がいくら愛の言葉をかけても、他の女の子に構っても、頬を赤く染めたり嫉妬する気配の全くないに、流石の俺も本当に俺達は付き合っているのかと不安になり始めていた矢先のことだ。
俺が告白し彼女がOKを出して二ヶ月と少し。初めてキスした時に、彼女がなかなか目を瞑ってくれなくてとんだ恥をかいた。そこはお前が緊張して赤くなるとこだろ、何で男の俺のが恥ずかしくならなきゃいけないんだ。最近一番の出来事と引き金はこれだ。俺は嘘を付くのが得意な方ではない。彼女もすぐに気付いてしまうだろう。でもこれが精一杯の反抗だった。いや、復讐の方が正しい。とは言ってもやはりほとんど無駄に等しいことであったので、もしが動揺してくれたりしたらそれだけで儲けものだ。無駄と分かっていてもやってしまうところが馬鹿なんだ俺は。そして彼女にも同じように言われるはずだった。

東洋人独特の黒い目を見開いて、それから少し、沈黙。俺はコーヒーに口を付け、彼女は髪を弄る。形の良い耳に欲情しかけたのは仕方がないことだと片付ける。そうでなくても、この空間が何だかいつもとは違うように思える。が何一つ発しない、穏やかな時間。彼女はいつだって綺麗だ。
俺はそこで溜め息をつく。結局絆されるのは俺だ。この沈黙だって彼女がわざと作っているんだ。くだらないと叩かれるかもしれないな。痛いんだよお前のビンタ。


「じゃあ、さよならだね」


どう弁解しようか真剣に考えていた俺は、予想外の返答を理解するまで時間を要した。自分がしでかした事のヤバさに気付いた頃には、は紅茶と自分がオーダーしたまだ来ていないケーキの代金をテーブルの上に置いて、とっくに店の外だった。






あの後電話やらメールをしたがやはり駄目で、その日以来していない。会って謝りたいと思っても姿すら見かけなかった。
俺は緩い教授であるのをいいことに、3限をサボった。


「あれぇ、兄ちゃんなんでここにいるの?」


中庭のベンチに横になっていると影ができて、自分そっくりな、でもムカつく顔が目に入る。むしゃくしゃしていた俺は当然のように弟を殴る。


「ヴェー!痛いよー酷いよー!」
「うるせえ馬鹿弟!人のシエスタの邪魔しやがって!」
「だ、だって兄ちゃん、この曜日のこの時間は講義じゃんかー…に見つかったら怒られるよ」


ここ数日頭から離れない女の名前を出されて不覚にも動揺し、もう一発殴ろうとしていた手は不自然な位置で固まる。フェリシアーノがきょとんとした顔で見てきた。軽く舌打ちし、今度は足を踏む。


「痛っ痛い痛い、兄ちゃん、」
「お前今日に会ったか?」
「えっ?さっきすれ違ったよー」
「…どこで」
「バス停でだよ。もう帰るって言ってた。具合悪いんだって」


ここから走って五分の大学に一番近いバス停は、利用者が少なくて本数が壊滅的なんだと以前彼女がぼやいていたのを思い出す。そういえばはその「あるだけマシ」なバスに乗らなければ登校も帰宅もできない、うちの学生の中じゃ少数派の一人だった。大体の奴がわざわざ上ってでかい駅から便利なバスに乗るから、四年間縁がないことも多いらしい。
今の時間は余計に本数が少なくて、きっと時間を持て余しているだろう。
どうせ次の時間も出席しないつもりだった俺は、何か言っている弟の声も聞かずにバス停へと走った。







ぜえぜえ息を吐きながらバス停に着くと、が化け物を見ているみたいな顔をしていた。


「…どうしたの、ヴァルガス君」


走ったせいで呼吸困難気味なのもあってか、二つの意味で泣きそうだ。しかしそれよりも何日かぶりに恋人に会えた嬉しさに鼻をすする。


「…お前、メールくらい、返せ…」


肩で息をしながら話せば、は黙ってペットボトルのお茶を差し出した。


「大丈夫よ、まだ口付けてないから。あげるわ」


好きな子に変に思われたら嫌だもんね。
そう言ってくるりと背を向けた彼女に酷く愛おしさが募り、ペットボトルを小さな木の椅子に置いて、を後ろから抱き締める。


「…なにして、」
「悪かった!」
「…え、」
「全部嘘なんだ!お、お前が本当に俺のこと好きなのか、不安になって……ちょっと動揺してるとこ見たかったっつーか…」


どんどん弱くなっていく声に横を通りすぎる車の音が重なる。自分で言って情けなくなるが、怯んではいられない。たった数日会ってないだけで俺の色々なところに影響が及んだ。それくらいが大切だったんだ。
彼女はあの日みたいに暫く沈黙を貫いた。告白した時以上に手が震え、それを隠すように力を込める。

瞬間、俺の腹に圧力がかかり、自分の変な呻きと共に腕の力が抜けた。解放されたは、俺が腹を抱えて後退りしているとこに近付き、遠心力を利用して何かを振り回した。当然、それは俺の顔面めがけて突進してきた。状況がイマイチ飲み込めないまま、物体は綺麗に左頬にヒットする。
よろめいた先がバス停の小さな屋根の柱で、頭に鈍い衝撃が広がった。そのまま倒れ混む。


「ふざけないで!」


痛みに悶絶しぐわんぐわんする頭に入ってきたのは今まで聞いたこともない彼女の怒号だった。最初の腹への攻撃は肘打ち、振り回したのは金属の金具がついたハンドバッグだと彼女を見て分かったが、お前…これはひでぇよ。bellaが台無しだ。ビンタよりも格段に重い。
色々なダメージで立ち上がることのできない俺は静かに彼女を見上げる。


「信じらんない!どういう神経してるのよこのヘタレ!私がどんな気持ちでいたか、知りもしないで…!」


そこで、はっとした。大きな瞳から、数えきれない程の涙の粒が溢れていく。あくびの時くらいしか彼女の涙を見たことがなかった。


「好きじゃなかったら付き合ったりしないわよ!貴方私を痴女だとでも思ってたの!?舐めるな!そんな安い女じゃないわよ!」
…お前……」
「…なによ……私だけ泣いて、傷付いて、馬鹿みたいじゃない…!」
「悪かった…ほんと。俺のせいだ」


ぐずぐずのが可愛いと思う。何だよ、愛されてんじゃねぇか。綺麗な彼女の可愛らしい一面は意外にも俺の傍にあったのだ。

ふらふらしながら立ち上がり彼女の涙を掬っていると、は木の椅子に置いたペットボトルのお茶を掴んで、俺の腫れた左頬にそっとくっつける。少し冷えたそれは頬の熱をゆっくりと吸収していった。
タイミングを見計らって彼女を再び抱き締める。の細い指が背に回されてどうしようもなく幸せだった。

バスはまだ来ない。
二周年フリリク 浴槽でリプレイ
だからあなたには救えない
南伊 / あんこ様
title:LUCY28
20131015