昔のことは、正直憶えてなんかいない。
憶えていなくても何も困らない。
俺がどれだけ怠惰でいたって上司は国のために働くし、学者は俺の過去を調査して記録する。歴史は本屋や図書館に行けば子供だってすぐに取り込める。
人間よりも記憶力が優れているわけじゃない、簡単に怪我したり死んだりしないだけだ。
一生忘れないと誓ったはずの痛みも悔しさも、もう薄れてしまった。
何故だろう?俺はどうして憶えていないんだろう?どうしてすぐに忘れてしまうんだろう?何故こんなにも長い間生きているんだろう?どうして死なないんだろう?
「アルはこれから一人になるの」
「何でだい」
「貴方が決めたことよ」
「何を?俺が何を決めたの?」
「貴方が一人になることを」
は悲しそうに目を伏せた。意味が分からなかった。
「ねぇ、君のせいで会話が元に戻ったじゃないか。俺は何も決めてなんかいないよ、一人になったりしないよ」
「アーサーから、独立するって言った」
「ああ、それか。でも彼からの独立が何故俺を一人にするんだい?俺にはアーサーだけじゃなくて、沢山…でもないけど、他にもいるよ。俺の独立を応援してくれている。それに俺には
がいる。だから俺は一人じゃない。一人にならない。一人なるのはアーサーだ」
「うん。アルにはいっぱいあるね。きっとこれからも増えていくわ。それでも、やっぱり貴方は一人になるのよ」
どんな暗示だろうか。
もいつかは俺から離れていってしまうということなのだろうか。今アーサーから離れようとしている俺みたいに、俺から離れるための準備をする夜が彼女にも訪れるという意味なのだろうか。
「君は変だ」
「そうね、ありがとう」
「褒めてなんかいないぞ」
「アルフレッド、貴方はこれから一人になるわ」
「それはさっきも聞いた」
「だけど一生続くものじゃない」
「…うん」
俺の頭を撫でる
を愛おしく感じながら、もっと強くなって彼女を守ると密かに誓った。その日は早めにベッドに入ったことを覚えている。
なんだ、覚えていることもあるじゃないか。こんな昔のこと。
結局俺はアーサーに勝って、それから手に余る物を得た。俺が少しだけ危惧していた後悔をする暇もないくらい、慌ただしく過ぎていった。
彼女の言ったようにはならなかった。小さい頃みたいに温もりに飢えたことも一切なかった。誕生日には沢山の人たちから祝福されている。何より
が傍にいる。
「貴方は、今、一人よ」
その先を遮るように俺は
の口を塞ぎ、ベッドに押し倒した。
いいんだ、すべてを憶えていなくても。俺がどれだけ怠惰でいたって上司は国のために働くし、学者は俺の過去を調査して記録する。歴史は本屋や図書館に行けば子供だってすぐに取り込める。都合の悪いことは忘れて、楽しいことや嬉しいことだけ蓄積していればいい。忘れる機能は必要不可欠なのだ、死ねない俺達にとっては、特に。
彼女の目は相変わらず、あの日の空と同じ色をしている。
You know best.
2012.11.17
(元話 You know best. 大幅な加筆・修正済)