LOVEという言葉
講義館最上階の誰も来ないような教室の前の廊下の窓から中庭を見ていた。綺麗な白い花のすぐ横のベンチに、香と彼に連れられてきた女の子が座っている。女の子はピンクのひらひらしたスカートをぎゅっと握って、彼の口から出るであろう言葉に耳を傾けているようだった。そんな彼女に、香を疑う余地などない。まさか今から、好きな相手に盛大にフられるなんて思ってないだろう。
私はいつも携帯を握り締めて様子を眺めている。だけど本当はその時だけ心臓が不規則に動いている気がして、妙に発汗している気がして、酷く居心地が悪い。瞬きの回数が減っているのか目が渇くのに、涙は出てこない。事がすべて終わって一息着く頃に、やっと時が動き始める。なんというか、寿命が縮んでいると思う。
絶対に、香のせいだ。
この発作のようなものが特に酷い時にはいつも、香は私を精神的に殺そうとしているのではないかと思ってしまう。そしてすぐに改める。本当は逆なのだと。彼が無自覚なだけで、愛情表現や愛情そのものの解釈が所謂世間一般的なそれらとは大きく違うだけで、彼は私を心から愛している。盲目的という表現が正しいのかは分からないけど、彼は抱き締めたりキスしたりセックスしたりするのと同じように、他の女の子、しかも香に片想いしている女の子を自分から誘い出して、綺麗に拒絶している。その後清々しい顔で私の元へ戻ってくるのが常だった。
とんだ性的倒錯だと初めは思った。同時に純粋に怖いとも思った。端から見たら最低なこの男は言葉も暴力も無しに私を束縛している。その事実が恐ろしい。

我に返って窓の外に視線を戻すと、いつの間にか状況は変わっていた。女の子は両手で顔を覆い、その横を香が素通りしていく。数歩進んだ所で彼は立ち止まってこちらを見上げた。驚いた私は咄嗟に窓から離れる。握り締めた携帯が熱い。








「見てた?」
「うん、見てた。可愛い感じの子だったね」

やはりというかなんというか、彼はあの距離あの角度で私の存在を確認して、先程あの女の子をフった足でここへ来た。いつも通りの良い顔に複雑な気持ちになる。

「そう?ただのブスでした的な」

辛辣な言葉を躊躇いもなく言ってしまう彼に私は何も答えられない。その様子を不思議に思ったらしい香が私の顔を覗く。

?具合悪い感じ?なんか顔色よくねーけど」
「…そうね、まあ確実に良くはないわ。貴方のせいでしょ」
「俺?」

小さく呟くと至極理解できないというような、それでいて私を心配したような表情で私の横に並ぶ。

「あんなとこ見せられて、楽しいわけないじゃない」
「じゃあ、浮気すればよかった的な?」
「違うわよ。ただ、例えば告白されたわけでもないのに、自分からフりに行くのはどうなの?しかもそれを私に見せて」
「その方がは安心しない的な?」
「わざわざ自分から潰しに行くのはちょっと引く」

私は溜め息を吐いて胸の辺りを軽く押さえる。思い出すだけで苦しい。
香は困った顔で何か考えている。本当に、理解できないみたいだ。今まで彼に潰された女の子達のことを考えると、ちょっと泣きたくなる。もし私がそちら側の立場だったら、暫く立ち直れないと思う。求めていない判決を勝手に下されるのだ。それも死刑判決を。

例えば女の子が香にやたら言い寄ったら、私だって黙っていない。その子と直接話したり、必要ならその可愛らしい頬を張り飛ばすつもりでいる。彼にだけそんな仕事を押し付けたりしない。だけどあくまで向こうが仕掛けて来た時の対処法だ。別に、好きでいるくらいならいい。嫉妬が全くないわけではないけど、少なくとも害はない。
だからどうかやめて欲しかった。好きな人から告げられる拒絶は酷く堪える。

「…よく、わかんねーけど、がそう言うならやめる的な」
「素直ね…」
が嫌ならもうしない」

口元を緩める香が優しい眼差しを私に寄越す。こういうのは普通なのに。かっこいいのに。多分私が嫌がらなかったら、この先も数多の女の子達を泣かせていったんだろう。それでまた澄んだ瞳で私だけを見て、形の良い唇から私だけに愛の言葉を零すのだろう。私の言うことだけに従うのだろう。彼女達の涙も気持ちも踏み躙りながら。
それを完全に拒めない私も結局は同罪だ。なんて心地いい。吐き気がする。




LOVEという言葉
2014.6.7
50000hit!!フリリク
壱様 / 香<