だらしない彼が掃除機を片付けているのが目に入る。
ルートはフェリシアーノの家へ観光に行っているらしい。あそこは仲が良い、ギルが前に嫉妬じみた声色でぶつぶつ言っていたのをふと思い出した。綺麗に整頓された部屋、埃一つない潔癖な空間に、だらしないギルと仕事のついでにこちらに寄った私。家主は多分ルートだ。そんな彼が居ない間に上がり込んで何でも出来る状況にいる私達は、いささか不思議でちょっと厭らしい。私は無言で適当に座るようギルに促されて内心そわそわしながらイスを引いた。
「コーヒーでいいか?」
「お気遣いなく」
「本当に淹れねえぞ」
「もう少し柔軟に動いてほしいものだわ」
掃除機をどこかに仕舞いこんだ彼が独特の笑いと共にキッチンへ消えた。どうやら機嫌がいいらしい。バッグをイスに置いてこっそり私もキッチンへ行った。二人分のコーヒーを準備する彼の背後に忍び寄る。
「馬鹿か」
「ばれてたのね」
「もっと足音隠せよ。そんなんだからあの頃は、」
「はいはい、昔の話はおしまいにして。発狂しそうになる」
コーヒーの良いにおいが香る。私はすんと鼻で息を吸って、それからゆっくり吐いた。そして彼の広い背中に寄り添う。香水も何もない、彼本来のにおいが鼻を擽る。ギルは動きづらそうにしながらも私の手を払おうとはしなかった。調子に乗った私は、ギルのお腹に手を回して力を籠める。彼が変な声を出した。
「おい…」
「苦しい?ごめんね」
「一回どけ。零す」
一回ということは、コーヒーを置いてきたらまたひっついてもいいということだろうか。いつになくめでたいピンクの頭に、恥ずかしさとせり上がってくる興奮にぞくぞくする。家に入った時のそわそわが、いつの間にか具体的になっていた。真昼間の、緩やかな陽の光が差し込む人の家で、家主が居ないのをいいことに、その兄と密会している。菊の家で目にした昼ドラのようだった。別に私はルートの彼女ではないし、ルートも今私が彼の家に居るのを知っているから密会でもない。それでもこの空間は、世界は、特別だった。ドイツの、どこにでもありそうな普通の一戸建ての住宅だ、だけど。
ギルがテーブルにコーヒーを置いたのを確認してから、私は彼の手を引く。背伸びをして乾いた彼の唇に指で触れて、隠し切れない欲を垂れ流しながら優しく微笑んでみせた。ギルが彼らしくもなく目を逸らす。
「何だよ…」
「キスして」
「は…お前そのためにわざわざ寄ったのかよ」
「違うわよ。成り行きよ」
「今までのどこにそんな要素あったんだよ、こんなよく晴れた日の真昼間から発情すんな」
「分かってるじゃない」
確かに、ドイツにしてはよく晴れた日だ。美しき快晴だ。洗濯物がよく乾く。暗い室内に光を取り込むことができる。そんな日に私が厭らしい目を向けるものだから、勘弁してくれと彼は言いたいらしい。遠慮も配慮もしなかった欲に、彼は気付いていたのだ。当たり前だけど、嬉しくないはずがない。そもそもこんな整頓された汚れのない家だということも、ある意味では罪深い。何もかもが選び抜かれた美しさを持っている。そしてここは、人のもの。そぐわないことをしたいと思うのは仕方のないことだ。
「…やらしい奴」
「人のこと言えないくせに」
私に会った時から、掃除中だったのにも関わらず掃除機を堂々と片付けて、客らしい扱いをほとんどしなかった時点で私も分かっていた。彼もちょっとそわそわしているわ、と本当は思っていた。そりゃあそうだ、大事にしている弟が居ない時に、普段は兄貴ぶっているくせに、弟には死んでも言えないことをしようとしているのだから。奥に秘めた変態性の露出など、知られたくないに決まっている。私だって普段ならそうだ。仲良くしている人にだって、淫らな昼ドラを作る国の菊にだって、言えない。
「ギルは変態だもんね」
「人のこと言えねーだろ…」
彼が屈んで、私との距離がゼロになる。コーヒーにはまだ手を付けていないはずなのに、ギルの舌にはコーヒーの香りがしっかりと染みついていた。私が来る前に一度飲んだのに、飲んでいないふりをしたようだった。本当に、らしくない。
魅させてくれたっていい
2015.10.5
material:HELIUM
5周年記念企画リクエスト
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