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Ⅲ.待ち人 #4 入試が終わり、実質春休みに入ったも同然だった。三年は自由登校なので本当は家でゆっくりするか引っ越しの準備をしたいのだが、魔術部は常に部員不足で、この時期になっても部活に駆り出される。卒業のため、自身が使った用具の片付けや清掃が主なのだが、俺はそもそも自宅から持ち込んだ私物が多いし普段から整頓していたのでそこまで時間をかけずに済んだ。ルーも似たようなものだったが、こいつの場合持ち込んだ私物が多すぎる。そんな量、一体何日かけて部室に溜め込んだんだよ。 片付けの最中、ルーが息を吸うように、俺の近況を聞くように、とのことを訊ねてきた。二か月前の忘年会のことは感謝しているので、癪だがまじないの件について話してやる。ルーは自分のお蔭だと言って誇らしげにしていたが、俺がそのまじない用の魔法薬を準備していることを知ると、異なる疑問詞を立て続けに俺にぶつけてきた。忘年会前にお前がを、まじないのかけられた菓子を餌に釣ったのではないのか。こいつは何を言っているのだろうかと訝しんだ。無粋だが質問に質問で返せば、まじないについては彼女を焚き付けるため、あるいは話題のきっかけを提供するためであって、俺自身が実際に魔法をかけることを望んでいたわけではなかったらしい。 「馬鹿だな。なんでそこで魔法に頼るんだよ」 「あいつとそう約束したからな。それに、お前には分からないだろうが、俺にはこれしかないんだよ」 「自己評価が低いなあ」 驚いて俺は手を止める。ルーが何か、聞き捨てならないことを口にしたような気がして彼に問うた。 「お前…俺達を俺達たらしめ真理に到達しうるこの神秘の技術に、価値がないとでも言いたいのか?」 「は?なんだって?」 「魔法が他の何もかもに劣る程度の低いものだとほざくのかって訊いてんだよ」 「…………はあ、なるほど。そういう理解をしたのか。正真正銘の馬鹿だなアーサーは。前にも言ったけど、は魔法が使えないんだよ。だからきっと彼女だって他の人達と同じように、魔法は本当に存在するなんて思っていないし、もしおいら達が彼女の前で魔法を行使しようものなら混乱してぶっ倒れるだろうね。だからお前だって彼女と接する時魔法は使わない。まあ、魔法は一般人にみだりに公開してはいけないってのもあるけど…ともかく!との関係性は、魔法なしのアーサーで作ってきたものじゃんか。と同じ立場でやってきたってことだろ。今更、しかも彼女の世界の範囲外の手法でその関係性に介入しようとするなんて聞いて呆れるし、彼女に失礼だし、何よりお前がかわいそうになるよ。お前、魔法を除いたお前自身を卑下しすぎだよ。は魔法のない……魔法に関係のないアーサーの友達なのに」 彼の言葉に成程と納得するような純粋さはなかったが、俺は言葉を失った。膨張していた怒りが虚しく萎む。自己への嫌悪がぐるぐると円を描いて俺の頭に据わっていく。ルーが何かを悟ったのか、はたまた黙る俺に呆れたのか、溜息をついた。既に分かり切っているはずの解答に、俺は背を向けている。 #5 卒業はあっという間に訪れた。 担任から配られた偽物の花のブローチを胸につけて、その乾いた花弁に触れた。女子達は花が正面を向かないとか斜めに傾くとか細かいところを気にしていて、いつまでも針をブレザーに刺したり抜いたりしている。教室の入口が騒がしいなと視線をやれば、髭が後輩の女子にボタンをせがまれていた。男の制服の第二ボタンは、そいつに好意を寄せる女にとっては大事なものらしい。たかがボタン一つに、どんな力があるのだろうか。 そうこうしている内に体育館に誘導され、吹奏楽部と管弦楽部による演奏の中、列になって入場していく。 紅白の布が体育館の壁に貼られている。日本人ではない俺からすれば何とも落ち着かないが、これが風習だと言われれば喜んで受け入れるくらいにはこの国が、この国の文化が好きになった。彼らはめでたい時に紅と白を揃えるのだという。式が始まってからも目だけでその文化というものを見ていた。節目にはこういった、独特のものを見ることができるから良い。 卒業式は予定通りに淡々と進んでいく。とはいえ、センチメンタルになるのか女子達は落ち着きがない。何故か既に涙ぐんでいる女もいる。何がそんなに悲しいのか。一生会えなくなるわけでもあるまいし。 …いや、違うんだな、きっと。会えなくなるのが寂しいのではない。この空間が、自分を形づくってきたであろうこの時だけの何かが、過去になってしまうのが怖いのだ。級友たちとは明日にだって会えるだろう。10年後だって、それまでにきちんと連絡を取り合っていれば、会えるだろう。けれどこの時の自分には、彼女には、もう会えない。 柄にもなく、感傷的になる。慣れ親しんだ校歌が唇からするりと零れて空気に混ざった。 #6 「アーサー」 「」 彼女が俺の元へやって来た。目が赤い。泣いたのだろう。喧騒に紛れては困るので二人で教室を出る。ひやりとした空気が足元から這い上がってきて、やはりどこか部屋に入った方がいいかとも思ったが、彼女は廊下でいいよと困ったように笑った。すぐに親御さんと合流しなければいけないらしい。 「卒業おめでとう」 「ああ、ありがとう……って、お前だって言われる立場だろ。卒業おめでとう」 「色々ありがとうね」 が鼻をすすった。心なしか声も泣いているようだった。 「アーサーのお蔭で成績上がったよ」 「それはお前の頑張りであって、俺が何かをお前に教えたわけじゃない」 「でもアーサーがいてくれなかったら、多分私あんなに勉強してないよ」 「……そうか。だがそれは俺もだ。だからお互い様だな」 「照れないでよ」 「照れてない」 事実だ。俺がいなくとも彼女ならやってのけたであろうし、俺は別に照れてもいない。しかし彼女が引き下がるので、彼女の気持ちを無下にすることなどできず、妥協しただけだ。 「結果が分かったら連絡してもいい?」 「ああ。俺もそうする……約束もあるしな」 「覚えててくれたのね」 「当たり前だろ」 「…合格するって、信じてくれてもいるのね」 信じない理由があるか。 そう言えたらどんなに楽か。この唇が彼女の喜ぶよう、動いてくれたら。 「ありがとう」 が今日二度目の感謝を口にしたので、今度こそ俺は恥ずかしくなる。やめてくれ。俺はそんなことをされるに値することを何もしていないんだ。 元々自分が器用だとは世辞でも言えない。彼女を前にするとそれに拍車がかかる。餓鬼の戯れさえ上手くできず、事が過ぎた後は後悔ばかりだ。いつも後になってから、ああすればよかった、こうすればもっと賢明に立ち回れたのにと。 「アーサー、」 返事をしたと同時に彼女の携帯が鳴る。彼女はそれに応えて、申し訳なさそうに俺を見た。親御さんから催促が入ったらしい。 「ごめん、私行かないと…」 「ああ。分かってる。じゃあな」 「うん……あとでまた連絡するね」 小さく手を振って背を向けた彼女をぼんやり眺めて、やはりどこか暖房のついた部屋に入ればよかったと思った。
2019.3.14
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