Ⅱ.守れるくらいの

#3
「困ったね」

言葉よりもずっと落ち着いた声色でそう吐き出したの口から、真っ白な息が伸びて消えた。俺は彼女に返事はせず、ごく自然に、彼女の腕を掴んで、彼女が人ごみに紛れないよう自分の元へ引き寄せる。

「明日学校終わったらボウネンカイ?やろうよ!魔術部と、せっかくだから魔術部を贔屓にしてくれるみんなも集めてさ」

発端はルーのそんな思い付きからだった。あいつの様子からして忘年会なんてきっとつい最近知った単語だろうに、あいつの催し物ダイスキセンサーには引っかかったようだ。俺は呆れを押し殺してルーの計画を聞いてやっていたが、声をかけるメンバーの中にの名前があることを知って俄然やる気を出した。明日はクリスマス・イヴだ。去年も一昨年も家族と過ごすために帰国したが、今年は大学受験の勉強や受験のために日本に残ることにしていたのだ。
俺は日本の大学を受験する。とは別だ。彼女の志望校は人づてに聞いた。彼女の望みが、叶えばいいと思う。

「寒くないか」
「寒い。風が冷たい。でも店の中に入っちゃうとすれ違いそうなんだよね。アーサーは寒くない?」
「俺は大丈夫だ」
「ほっぺた真っ赤だけど」

そう言う彼女の頬も赤い。頬だけじゃなく耳も、そして恐らくはコートのポケットに突っ込んでいる裸の手も赤いのだろう。
に会えるということで浮足立っていたのか、集合時間よりも少し早く待ち合わせ場所に着いてしまった俺は、人ごみに巻き込まれて流されていくを見かけて、慌てて手を伸ばした。その時の彼女の表情は、良い意味でなんとも形容しがたい。驚きの中に安堵が含まれていて、瞳は俺を縋っているようにも見えた。男が簡単に落ちうる、女の顔だ。一瞬びたりと動きを止めた俺だが、すぐに我に返って彼女を連れて人ごみから抜け、側のファストフード店まで歩いた。そこで彼女が手袋をしていないことに気付く。忘れてきたらしい。俺が責めると思ったのか、はポケットに入れておけば寒くないと言って、着ているダッフルコートのポケットに手を突っ込んだ。
それから二人で待ち合わせ場所で待っていたのだが、時間を過ぎても他の奴らは来なかった。携帯を確認すると、向かっている最中とのことで、しかし混んでいてなかなか進まないのだという。さっきののように、人の流れに逆らえずにいるのかもしれない。
横で両手を擦り合わせたに、俺は何度目かの提案をする。

「どこか店の中に入って待っていないか。あいつらもまだ着きそうにない。着いたら連絡してもらえばいいだろ」
「うーん……」
「俺はお前の手を見ているだけで寒いんだが」

引き下がらないに皮肉めいた言葉をかけてしまう。彼女のことを心配しているのに、それをうまく伝えられない。彼女は今どう思っているのだろうか。

「じゃあ、アーサーのために店の中に入ることにする」
「指が千切れる前で良かったな」
「嫌味ばっかり言って」

そう言いながらも彼女は何だか楽しそうだ。寒さしのぎに入ったファストフード店のメニューから秒で12月限定の紅茶を選んだが、発売されてから実はずっと気になっていたことを照れながら明かしてくれた。

「気になってはいたんだけど、勉強に集中したくて、街に行かないようにしてたんだよね」
「休息のために出かけるのも駄目なのか。自分に厳しいな、は」
「違う違う。自分に甘いのよ。あったかいし、つい長居しちゃうと思って。それに今時期はどこを見てもカップルが大勢いて心が荒むのよね」
「分かるぞ。受験勉強で苦しんでいるから尚更だ」
「だから今回誘ってくれて嬉しかったよ。ありがとう」
「…そ、れは、ルーに言ってやってくれ。喜ぶぞ」
「勿論。でもアーサーが言ってくれたんでしょ?私を誘おうって」

どういう経緯で漏れたのか、聞いたところで頭を抱えるのは分かっているので訊ねていないが、俺がを良く想っているのがルーに知られていた。俺の弱みを握っていることがよほど嬉しいらしいルーは、面倒な女子達のごとく俺を質問攻めにした。質問内容も女子のそれだったのでうんざりして、そういった顔をしたつもりだったのだが、あいつが余計ににまにまとにやけたので逆効果だったようだ。
しかし何度も言うようにあいつは根はいいやつで、を誘おうと提案したのはあいつなのだが、いつの間にか俺だと伝わっていた。

「丁度煮詰まってた時だったから、即OKしたのよ」
「良いタイミングだったようで何よりだ。お前は少し休むのを義務とするくらいが上手くいくんじゃないか?」
「ちゃんと休んでるわよ、大丈夫」

あまり頑張りすぎるなよ、とは言えなかった。彼女の志望校は今の彼女のレベルよりも少し上らしく、今が一番踏ん張らねばならない時なのだ。それはもし俺が彼女の立場ならそうするだろうと思うからで、事を成し遂げるためなら自分を削るくらいすると予測できるからだ。
俺と彼女は、そういうところが似ているのかもしれない。思い返してみれば、仲良くなったのは成り行きで一緒にテスト勉強をすることになったからだった。自分の望んだ結果を出したい。そこに競争心が生まれて、その内友情が生まれた。しかし俺だけが別の感情を持ってしまった。友情の線を飛び越えて、手を伸ばそうとする。卑怯な方法で。

「それともう一つ。リベンジの誘いに釣られてね」
「リベンジ?」
「今日来てくれたら、アーサーがおまじないについて教えてくれるってルー君が言ってたのよ」
「…そんなにあれが気になるのか」

あれは、恋愛にまつわるまじないだぞ。

「うん。でも、色々考えたけど、やっぱり今じゃなくていいのよ。合格が決まったら、お祝いにかけてほしい。あ、私もアーサーに何か用意するわ。お互いに良い報告ができるように、頑張ろうよ。その約束をしてほしい。今日誘いに乗った理由の一つは、これなのよ」
「……分かった。お前がそれをモチベーションに追い込むことができるのなら、約束する。卒業してからも、連絡を取り合おう。合格発表は卒業式の後だからな」
「その言い方じゃ、もう離れてしまうみたいね。大袈裟よ。でも、ずっと仲良くしてくれると、アーサーから聞けてびっくりした。嬉しい。ありがとう」

俺は、困った。どう返答すべきか思案した。温かいものが身体の中心を流れていく。彼女の優しさのようで、心地良い。どうか、離れないでいてほしい。伝えてしまいたい。汚くても、いい。
だが、いつも俺は、手前で止まって、引き返す。
2017.12.25