子煩悩
持て余す程の力があった頃、それが上手に使えていたら、正しく使えていたらと、二度と巡ってくるはずもない過去のもしもを考えても仕方のないことは分かってる。後悔はあるがそれも一つの経験なのだ。ただ、あの頃の自分と同じくらいの年齢の子供を見かける度に、ふと思い出してしまう。これも仕方のないこと。長い年月を経て忘れそうになりながらも決して忘れられない、逃れられない自分の歴史だ。背が低すぎて、本棚の上の方にあった本が取れなかったこともあった。もう随分、昔の話だけれど。

「可愛いね」

母親の手に引かれて歩く子供を見て、が笑う。俺は生返事をして彼女から重い方の荷物を奪った。暑すぎて外に出るのが苦痛なので、買い物も何日かにまとめてすることが多くなった。多分彼女一人じゃこんな荷物運べない。なのにそうするのは、見かねた俺が一緒に行くことを彼女が知っているからだ。これで俺が彼女の元へ行かなかったらどうするのだろうと思うのだが、そんなことは地球が逆回転してもありえない。俺がその結論に安易に辿りつけるのだから、惚れた弱みはおっかない。肌を真っ赤にさせて、エコバッグの取っ手を腕に食い込ませながら肩で息をするはやはり可哀想だし、一緒に行ってやれば笑顔も見られるし、ついでに冷凍食品の棚の前でさりげなく涼む彼女の胸元に落ちる汗なんかも最高だしで、俺にとってもメリットが大きいのだ。車を出してやって荷物持ちになることくらい、どうってことはない。
店から出ると夏特有の湿った熱風が全身に襲い掛かった。本当に嫌になるが、今日の俺は店の入り口付近の駐車場を確保できたので、彼女と共にそこへ急いだ。ポケットからキーを取り出してロックを解除すると、が買った荷物をどんどん車内へ入れていく。

「いい所に停めたわね。一か月分くらいの運、使い果たしたんじゃない?」
「ほっとけ」

エンジンをかけてすぐさま冷房を入れる。くそ暑い車内に冷風が噴射される。涼しくなる前に車を発進させた。が着ているTシャツの胸元を掴んで仰いだ。谷間と下着が少し見えてラッキーだった。

「そっか、子供は夏休みだもんね」
「何、さっきから」
「いや、今更だけど、私には子供ができないから、良いなと思っただけよ」
「子供欲しいのか?」
「そうね、人間だったらね」

俺も幸せそうな家族を見る度に思う。未だに、長く生きられることと引き換えに失った温もりを探しているような気がしてならない。姿形は同じなのに何故、いや、だからこそ余計に。ただこれももしもの話だ。無いものねだりでしかない。性交も非生産的な行為だ。

「ブル君今セックスのこと考えたでしょ」
「お前が子供欲しいとか言うからなんだわ」
「最低。もう今日はしない」
「あっ…そこを何とか」
「ほんとに最低ね」

車は交差点を右折する。

「ルーに頼んで一日モルを貸してもらうか?」
「モルちゃんに気を使わせると思う。あの子しっかりしてるから」
「おにちゃんとは正反対だよな」
「ね、だから駄目よ。モルちゃんにママなんて言われたら泣きそうだわ」

それに子供はもういいのよと呟いた彼女が窓の外を見た。プール帰りなのか、髪の毛を濡らした子供たちが歩いている。俺はそれを一瞥し、アクセルを踏みなおす。5分くらいして、彼女が思い出したように声を上げた。雑誌を買うのを忘れたようで、俺は本屋までのルートを頭に描いた。ここからは少し遠いが、日はまだ高い。広い道路を、太陽を真上に南下していく。
本屋に着いて、彼女が目当ての雑誌とついでに色々見て回っているのに同行していた時に、少女が背伸びしているのを見た。彼女の伸ばした手の先よりも本は少し高いところにあって、台でも使わないと届きそうにない。俺は取ってやろうと足を一歩踏み出したが、そこから先は動けなかった。少女とかつての自分が重なる。届きそうで届かない、大人になれそうで、なりたくて、なれない。

「これ?」

俺の後ろから来たが本を取ってやると、少女はほのかに笑って礼を言った。
結局雑誌以外にも小説を何冊か買って本屋を出た。車に乗り込んで先程買った食品が駄目になっていないか気にしていると、にキスをされる。

「ねえ、やっぱり今日しようか」

冷房のつまみをくるりと回しながら俺はそれに応える。冷風が勢いよく噴射された。

子煩悩
2015.8.12
material:HELIUM
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