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修辞に填まる APH:日 2012.1.3 2011フリリク 戸をたたくこともチャイムを鳴らすこともせず家に押し入り、玄関で彼の名前を叫ぶ。近所迷惑など考えずに大声を出しているから、何かしら反応があると思って少し待ったけど、返事はなかった。居留守をつかう気なのだ、鍵もかかっていなかったのに。これが彼の返答だと受け取って靴を脱ぐ。 「菊、菊、居るんでしょう」 軋む廊下を早足で進み、菊が居ると思われる部屋の襖をスパンと音が鳴るくらい勢いよく開けた。案の定彼はこたつに入りみかんの皮を剥いている所で、私がしゃがんで顔を覗き込むまで私に気付いた素振りを見せなかった。 「こんばんは、こんな夜遅くにどうされましたか」 「馬鹿みたいな顔しちゃって。取り繕うのが下手ね、棒読みよ」 「お茶を入れてさしあげましょうか?それとも他に何か、私にして欲しいことでも?」 「早く抱いて」 彼の隣に図々しく入り菊の足と絡ませる。焦らすように擦り合わせてから、足をゆっくりと上に移動させ彼の太ももを膝でふにふにと軽く踏む。さっさと欲情して何も考えられなくなればいい。そう思いながら暫しその行為を続けていると、菊がみかんを私の口に押し込んだ。驚愕してみかんを噛んでしまい、甘酸っぱい汁が気管に侵入した。息が止まる恐怖に涙目になりながら噎ぶ。 「バチが当たりましたねぇ」 「っ…か、っは…はぁ、」 「大丈夫ですか?」 私の背を優しく擦ってくれる彼の表情が穏やかなのとは裏腹に、私は愚図りたい気持ちで一杯だ。菊の行動で、全て理解したような自分に悲しくなる。もっと我が儘になれば、彼は抱き締めてくれるのかしら。 「何よ…時間ないとか言ってゆっくりしてるじゃない」 「ここは仕事場ではありませんからね」 「会えないの、我慢してたのに」 「貴女にはちゃんと時間を作りたいんです。一日の中で、ちょっと切り詰めた時間であるのは嫌だから。私にだって恋人との時間を設けるくらいの甲斐性はあります。……何を、心配なさっていたんですか?」 菊が困ったように笑った。とても可愛らしい笑顔で、でも空気は張り詰めていく。 「会う頻度が高いと焦がれるものです」 彼はいつになく真剣だった。私はその瞳を見つめながら今まで人知れず泣いた日を頭に思い浮かべる。 「さん、私はむやみに貴女を触れられないのはいたたまれないのです。せっかく目の前に自分の欲情対象が居るのに、私、愛情表現の一つもできやしない。抱き締めてキスをすれば満足ですか。愛していると囁けば貴女は幸せになりますか。私がさんに感じるものはこんな安くありません。嘗めないで頂きたい」 強い言葉の羅列が脳みそに刺さるような感覚に目眩がした。私の足を撫で、もう片方の手で菊は私の肩を抱く。こたつしか無いこの部屋に彼はずっと居たらしいのに、上半身が温い。暗色の着物が目に優しくて甘えたい衝動に駆られた。彼に縋りつきにおいを嗅ぐ。 「だから、こんな馬鹿なことをするのは止してください。ね?」 「…菊って、意地悪」 「そうですか」 菊が向ける愛情を通り越したものに一度溺れてしまえばもう浮かび上がってこれないと知っておきながら、全部自分の中に閉じ込めて再び沈めようとする。菊に文句でもぶつけてやろうかと強気で家に来たというのに、あっさり飲み込まれてしまった。意地悪なのだ。どうせ私と会わないようにしたのも、この展開を予想してのことだったのだ。彼は最初から遊んでいた。 それをやっと理解して、苦笑しながら菊の唇に噛み付いた。 |