E means Edict.
E means Ebb.
APH:米  2011.12.23
Xmas企画2011 E means...?


度重なる残業で家に帰ってもあまり眠れず、慢性的な不眠症に陥りつつあった私は身体的にも精神的にも限界に近かった。それでも自分に課せられたノルマを達成する為、会社の為、仲間の為に、悲鳴をあげる身体に鞭打って今まで働いてきた。そして、それは今日で終わった。別に仕事が嫌いなわけではないけど、仕事に対する重圧からの解放感というものには誰だって酔ってしまうものだと思う。他の同期の子や後輩達は既に皆、打ち上げと称した飲み会に行くからと会社を後にしていた。私も誘われたが真っ直ぐ自宅へ帰り風呂に入って眠りたかったので丁重に断った。さあ、これを打ち込んだら帰れる。逸る気持ちを表情に出さないよう気を付けながら、素早く指を動かした。


さん、もうすぐ片付きそう?」
「はい。あと五分程で全て入力し終わります」
「良かった。じゃあ今日は送るよ」
「…え?」
「良いだろ?たまには大学時代に戻って話そうよ。なあ
「…そうね。でも職場では下の名前で呼ばないで」
「俺達しか居ないじゃないか!」


何が可笑しいのか、私の上司で大学時代の同級生のアルが高らかに笑った。私は無視して画面に視線を戻す。笑い声が響いていたオフィスがまた静かになる。黙々と進めていたのに、彼と話したせいで集中が切れてしまいそうだ。こんなことで仕事を長引かせたくないし、疲労を増やしたくもない。
彼が書類の束を纏めて机の脇に寄せた。大方終わっていないのだろう、部下には期限を付けるくせに。半ば呆れつつもこの男を誰も見放したり出来ないのは、やはり優れた才能が彼に備わっているからだ。一見おちゃらけているようだが、アルは企業のトップに必要なカリスマ性やら何やらを全て持っている。彼と一緒に居ると、天は二物を与えずという慣用句をこれっぽっちも信じられなくなるほどに。


「懐かしいな、学生の頃はよく遊んだよね」
「そうだっけ、」
「冷たいなあ」


立ち上がり自身のデスクの背後にある大きなガラス窓から、灯りに照らされた街を彼は愛おしそうに見下ろす。オフィスの電気は私のとこしか付けていなかったけどアルの姿がガラスに映った。


「…綺麗だね」








「君は多分もう、解ってると思うんだけど」


会社を出てから必要事項以外喋らなかった彼が、煌びやかな装飾が施された店が立ち並ぶ大通りに入った時唐突に口を開いた。
君はもう分かっているという言葉は些か意図を計りかねていたけれど、何か話したい事があるようなので無言という形で続きを促す。彼は少し躊躇うような仕草を見せた後、決心したかのように喋りだした。


「俺、親に決められたフィアンセが居ただろう?ほら前写真見せた、あのロングヘアーの女の子。その子との婚約、破棄したんだ」
「………どうしたの、急に」
「なんとなく。に話しておきたかっただけさ」
「待って、待ってよ。婚約破棄したって、それ、」
「あー、俺の家的にはまずいよね」


はは、と彼は渇いた笑いを溢しているが、とても楽観視出来る状態でない事くらい私にも理解出来る。私やアルの会社は実はジョーンズ家が経営しており、彼は一応名家の跡取り息子なのだ。今の時代、お見合いや決められた婚約者なんて、私のような一般市民にはあまり馴染みの無い単語だけど、彼らにとっては後世まで影響を及ぼしかねない問題で。不況の世の中、何が起こってもおかしくはないのだから尚更だった。なのにあっさりと話すものだから、逆に心配になった。彼は、婚約や家のことに関してはいつも妥協しているのだと嘲笑していたのを思い出す。要するに反抗出来なかった筈なのだ。どうして今になって。


「あれ、驚いてない?」
「驚いてるわ……どうして破棄なんてしちゃったのよ」
「彼女は、俺や俺の仕事が理解出来ないんだ。理解って内容じゃなくて、何故そんなことしてるんだいってことね。それに自分の理想を押しつけるんだ。普通に子供持って、俺に良いパパになってほしかったみたいだよ?土日は全部休みでさ。まあ、そのくせ彼女は結婚しても仕事をやめないつもりだとかほざいてたけどね!」
「政略結婚というか…その意味理解ってるのかしら」
「そいつは愚問だよ!あの女に何が分かるっていうんだ!」


元婚約者の愚痴が酷くなる前に話題を変えなければと思った。
しかし、アルはよほど彼女が気に入らなかったようである。


「嫌だねーああいう人、俺に子育て全部させる気だったのかなあ」
「もうよしたら?破棄出来たんだから。仮にも元フィアンセでしょ?」
「過去の間柄なんてどうでもいいんだぞ」
「…ご両親に反対されたんじゃない?」
「ああ、反対どころじゃなかったよ!もう大騒ぎさ。でも彼らも終わったなと思ったんだ。彼女の何が嫌だったのかとか、もう一度考え直してくれないかばかり言ってくる」
「…?」
「頼み方がへっぴり腰なんだよ。ダディの時代はthe end,俺の会社だよあれは」


学生時代はあんなに親の後を継ぐのを嫌がっていた彼だが、自分の物になると確信して万更でもなさそうだ。私は胸を撫で下ろす。後継争いや新たに婚約者を探す羽目になり、アルがちゃんと仕事に来なくなる可能性は低いようだ。彼が居ないと実質キツい所があるし。


「まあ、聴いて安心した。大きくもめてるわけじゃなさそうだし。それに、やっぱり恋愛とかしたいでしょ貴方は。楽しいことが好きだもんね」
「そうなんだぞ!あと、もう一つ。俺、アメリカに戻ろうと思うんだ」
「ついに帰っちゃうのね」
「ああもう、やっぱり驚かないんだな君は」
「ちょっとびっくりしたわ、仕事のこともあるし。でも正式に異動するなら後進が来るでしょ」
も一緒に行こうよ」
「私アメリカ暮らしに慣れそうもない。あと、会社にとってそんな重要な存在でもないわ」
「そんなことないよ」


目の前に来て真顔で私を見つめる。


「好きなんだ」


どくん、心臓が大きく動いた。彼は照れたように微笑む。


「ずっと好きだった。一緒にアメリカへ行こう?」
「…嘘でしょう……」
「嘘だと思うかい?」
「私にも憧れってあるのよ…こんなプロポーズの仕方ってある?」


急なことで頭が回らない。まるで裏切られたかのような衝撃に身体まで硬直していた。ありえない。彼は今までそんな素振りなど見せたことなかったのに。彼には婚約者が居るのだからと、色々な気持ちを我慢してきたのに。恥ずかしさが込み上げて泣きそうになるのを必死で耐える。
だけど、嬉しくないわけない。


「好きだよ。を友達とか部下だと思ったことない。婚約なんて最初からするつもりなかったんだ。今回正式に婚約破棄したのは、ちょうど良い機会だったんだぞ。性格の不一致、とでも言えば大体納得してくれるだろ?」
「元婚約者の人がかわいそうよ…」
「いいんだ、が手に入れば」
「私は物じゃない」
「そういう意味じゃないんだぞ」
「意味が、分からないわ…」
「会社のオフィスの窓から見下ろす日本の夜はキラキラ光ってとても綺麗だよね。…でもね、NYはもっと綺麗だよ。に見せてやりたい。良いだろ?ちなみに反対意見は、」
「行くわ、私アルに着いて行く!アイラヴユー!!」


話を次々に進めていく彼の胸に突進してやった。私を散々乱した仕返しのつもりだ。このまま重力に従って倒れて身体に小さな傷でも作ればいいと思ったけど、無駄に体力の有り余ったアルはびくともせず、私を強く抱き締める。


「Englishの発音がまだまだだね、I love you, 。これからきっちり教えていかないとな!」
「アル、大丈夫?ちゃんと教えてくれるの?」
「甘やかしてほしいのかい?俺はそれでもいいけど…いや、だめだ、厳しくするよ。ベッドの上でもね」
「ここでアーサーさんの弟ぶり発揮しないでよね!HEROはもっとかっこいいでしょ」
「善処するんだぞ。まあ取り敢えずそこのホテルでも行こうか」


言った矢先口を塞がれて身動きが取れなくなる。反抗しないのをいいことに、ぬるりと舌が侵入し私の口内を犯していく。キスしたまま器用に横抱きにしてホテルに入って行く様は、私にとっては不安要素が増えるだけにすぎなかった。別にアルがかっこいいとか思っていない。


「あ、ゴム忘れた…まあいいか」


なんだかもうドキドキする気力も体力も無くなってきた。これからもっと疲れるというのに。私をイスに座らせ受付をしている彼を眺めながら、今日の下着は何だったか記憶を辿った。