隠し事
この奇跡のような空間を、私はもっと有難く思うべきなのかもしれない。放課後教室で日誌を書いていたところに忘れ物をしたというアーサーがやってきた。少女漫画みたいなベタな展開ではあるものの、私は何故か妙に冷静だった。

「字、綺麗だな」
「お世辞?そういうアーサーだって、男なのに字綺麗で読みやすい。羨ましい」
「男とか女とか関係ねぇだろ、そんなのに」

彼は私の席の前の椅子に座っている。そして時折後ろを向いて、私の作業を覗いた。私は、彼が不意打ちとばかりに勢いよく振り返ってくるので少し驚いたりするけど、その時以外は淡々と日誌を書き進めていた。

「アーサー、忘れ物したんじゃなかったの」
「あー、」
「え、違うの?」

けれどアーサーは私の質問には答えてくれなかった。
不審に思いつつも無事日誌を書き終えて立ち上がると、それを待っていたかのように彼も立ち上がった。私からスクバを奪って先に教室を後にする。慌てて私も教室を出ると、アーサーの背中にぶつかった。彼は動かない。

「アーサー、」
「…行くぞ」

片方には私、もう片方には私と自分のスクバを持ったアーサーは早足で職員室へ向かっているようだった。彼の大きな手が私のそれに吸い付く度に、私は唇を噛んだ。

校門を出たところで私はついに問うた。

「アーサー、どうしたの?ちょっと変」
「お前こそ昨日からずっと変だ」

間髪入れずに返答されたことは予想外ではあったけど、それ以上にアーサーの言ったことの方が気になった。

「…なあ、昨日、俺がお前に言ったこと、覚えてるか」

歯切れの悪い質問に私は息だけで返す。忘れるはずなんてない。だからこそ、出来るだけ思い出さないようにしていた。

「俺たち、付き合ってるんだよな?」
「……」
「昨日、好きだって言って、それでお前も、」
「やめて」

私は下を向いた。彼が私の手を離してくれないので、どうにか顔を見られまいとした。恥ずかしい。


「……」
、分からないのか?」
「アーサー、」
「分からないのなら、もう一度言うぞ」
「やめてアーサー、分かってる、分かってるから!」

滲む足元を睨み付ける。恥ずかしい。昨日の光景が鮮明に蘇る。余裕のない表情をしたアーサーのぎこちなく動く唇から漏れる言葉に、私は咄嗟に反応していた。そうしたら、アーサーは顔を真っ赤に染めて、私を見た。
思い出すだけで恥ずかしい。思い出したくなかった。嬉しいのにまったくもって不便だ。そのせいで私は昨日から可笑しかったのか。爆発しそうな心臓をどうにか捻じ伏せて、過度な自己防衛で冷静を装った。結果がこれだ。

「分かってない」

低い声に肩を震わすと、彼が私を抱き寄せる。

「分かった振りをするな」

アーサーの身体は思った以上に熱かった。私は目が灼けないように彼の肩口に顔を押し付ける。涙が滲んだ。






隠し事





2015.3.25
過去拍手御礼(2014.9.2-2015.3.25)