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いつかロボットになりたい
「寂しいって気持ちを抱えたまま大人になったんだね」 ひやりとする彼女の指先を撫でながら、おいらはその続きを待っていた。 日本の夏は湿度が高い。日の光が強い。おいらの身体はいつも焼け爛れていた。汗を拭い、日陰へ逃げて、魂が抜けたようにぐったりとしている。が冷たい飲み物を恵んでくれたが、どうも頭が回らない。ネッチューショー?テレビでやってたような気がする。よく分からない。前髪が額に貼り付いて鬱陶しいなあ。の顔がよく見えない。 腋の下に挟んだ保冷剤が溶けていく。さっき冷凍庫から出したばかりなのに。外して手に取ったら、それはこの間シュークリームを買った時に沢山詰められたものだった。 彼女はおいらから保冷剤を奪うと、苦笑してキッチンへ消える。新しいのを持ってきてくれるらしい。 「ルー君、起きるの辛いなら、ストローで飲む?」 「…そうする」 「飲ませてもいい?」 「うん、飲ませて」 程なくして彼女が戻ってきた。白いレースの付いたスカートの中が少し見えたのは内緒にしておこうと思う。見慣れない赤だった。でも生憎おいらに興奮する元気はない。 がおいらの頭を腕で支えて起こし、ストローをコップに差して、それを口に宛がう。冷たいスポーツドリンクが喉を潤した。柔らかいの胸も当たって落ち着く。不思議なことに、彼女の胸はあまり暑くない。 「どう?スッとした?」 「うん」 「もっと飲む?」 「今はいい」 おいらの頭を元の場所へ戻したが、新しい保冷剤をおいらの腋の下に挟んだ。薄い布を巻いたそれは少しずつおいらの血管を冷やしていく。ついでに、と氷枕も替えてくれたに小さくありがとうと言って深く息を吐いた。彼女がおいらの目の高さと同じになるように横に座る。 「…ね、腋の下を冷やすのは、そこに太い血管が通ってるからなの」 「へえ…」 「他にも色々あるけど、よく聞くのは、腋の下と、それから脚の付け根でね」 「うん」 「そこも冷やしたいと思うんだけど」 「じゃあ、お願い」 するとが複雑な顔をした。 「嫌がるかと思った」 「なんで…?」 「なんでって、」 彼女が言葉を濁す。おいらはぼんやり考えを巡らせて、やっと気付いた。今更そんなことを気にするなんて、まだまだだなあは。ちょっと可笑しくて、だけど大きく笑えなくて中途半端に笑みを溢した。 「いいよ、服の上から冷やしてよ」 「笑ったわね?ルー君のくせに。少しは恥ずかしがってよ」 「今更じゃん。ならいいよ…」 「……」 彼女が唐突においらに顔を寄せた。小さくて可愛い唇が、おいらの頬を掠める。やはり、彼女の身体はひんやりとしていて気持ちいい。 「私がここに居て良かったのかしら」 がおいらの手を握りながら、呟く。突拍子もないことで、おいらは固い氷枕の上で頭を僅かに滑らせた。眩暈でがゆらゆら揺れる。一度目を閉じてから、ゆっくりと瞼を持ち上げた。彼女の長い睫毛が、瞬きした一瞬に光った気がした。 「こんな蒸し器みたいで狭いところにも、優しいルー君は会いに来てくれるのに」 「……」 「最初は自分が嫌なだけだったのよ。でも、貴方をこんな風にしてしまってまで、私…」 「言っておくけど、のせいじゃないよ」 「違うの。私はきっと寂しかったんだわ。だって、私には何も無いから」 彼女がおいらの手を握るのをやめた。悲しそうな表情にいたたまれなくなって、今度はおいらが彼女に触れた。 「寂しいって気持ちを抱えたまま大人になったんだね」 ひやりとする彼女の指先を撫でながら、おいらはその続きを待っていた。だけど彼女はおいらの前髪を少し払って、そのままおいらを撫でて微笑んだ。何故だか分からないけど、虚無感が押し寄せて涙が溢れた。体調が優れない時というのは、どうもセンチメンタルになりやすい。口からは荒い息だけが溢れる。無様な姿だった。おいらの涙を必死に拭おうとするの手を馬鹿みたいに強い力で握りしめて、おいらは怠い身体を無理やり起こした。その反動でそのまま彼女の方へ倒れて、おいらの身体を女のが支えられるはずもなく、おいらはを下敷きにしながらベッドから落ちた。咄嗟に彼女の背に腕を回して、床につく瞬間に自分の身体が彼女を潰さないように働いたのは、奇跡だったと思う。彼女の無事を確認してから、おいらは崩れるようにして結局は彼女の上に倒れた。視界がぐるぐる回っている。吐き気が酷い。朦朧とする意識の中、彼女を抱き締めた。この部屋はクーラーで涼しくて、おいらも保冷剤や氷枕で大分楽になったけど、皮膚の上はまだまだ熱かった。彼女の冷たい身体と擦れて少し温くなる。 はおいらの中で凍えていた。後で確認したら、クーラーはものすごく低い温度に設定されていた。 「、寂しいのは、おいらも、一緒だよ…」 「ごめんなさい…」 「、どこか、行ったりしないで…。ずっと、ここにいて、おいらの、…そ、そばに、ずっと、いてよ…」 「…うん」 多分、二人一緒に眠りについても不安はなくならなくて、寂しさはずっと渦巻いたままで、おいらたちは一生それに抗う術を知らないまま死んでいくのだろう。大人になったはずなのに、おいらたちは賢明にはなれなかった。堂々巡りの寂しさなくしに命をすり減らして、それで老いていく。公審判なんてちっとも信じていない、だけど、どこかへ行くのなら、彼女と一緒に同じところへ行きたい。 彼女がおいらを胸に抱いて起き上がる。 「…、もう一回、」 キスして、の一言が辛くて言えなくて、やっと治ってきた視界の先にを捉えると、彼女がおいらの額にキスをした。愛おしくて、だけどちょっと不満で、おいらは力を振り絞って彼女の唇を奪った。
2014.8.11
title:LUCY28 |