「こいつは俺のだからいちいちちょっかいかけないでくれます!?」
賑やかだったその場が一気に静かになる。注がれる視線に私はいたたまれなくなって、一応断りを入れてから彼の腕を掴んで店を出た。会費は既にテーブルの上に置いてきたので大丈夫だと思うが、同僚には明日からかわれるだろうなとこっそり溜め息を吐いた。上司とも円滑なコミュニケーションが取れなくなったらどうしようか。その原因となった人物をちらりと見ると目が合って、彼の方から私の手を外す。そして横に並ぶとそのまま駅の方へ歩き出した。
「ブル君」
「…呆れたんだわ」
「え?」
先程の怒鳴り声とは打って変わって弱々しくそう紡いだ彼の言葉の続きを促すように手を絡めると、びくりと反応しつつも振り払ったりしなかった。夜の冷たい空気が流れを作りあちこちに動いていく。髪の毛が僅かになびく程度だったけど、月の輪郭が綺麗に見えるくらいには気温の低い澄んだ周囲に肌寒さを覚えてカーディガンの前を反対側の手で掴んだ。
「お前は馬鹿なふりして賢いんだろうけどな、男がそんなの見抜けるわけないんだからな。お前の無駄な雰囲気と優しさと人の良さに簡単に釣られるんだからな。あと男に気安く触らせるのはやめろ」
「失礼ね、人のこと何だと思ってるのよ」
「いい加減見てられないんだわ」
「どうしてそんな風に怒るの」
「……」
黙るブル君の顔を見上げると丸い瞳が私を睨んでいた。それは心なしか潤んでいるように見えて、私は思わず唾を飲み込む。短く息を吐き出してから、彼は続けた。
「さっきお前上司に肩触られてたな」
「ああ、そういえばそうね。でも軽く触れた程度じゃない」
「その態度だわ。そういえばって何?あいつはお前にモーションかけてたんだわ。気付いてなかったのか?が曖昧な態度ばかり取るから流して落とすつもりだったんだよ!」
「彼が?まさか。仮にそうだとしてもちゃんと断るわよ」
「強引に部屋に連れていかれたらどうする?男なら女のお前なんか簡単に組み敷けるんだわ。あとは勃たせれば簡単に突っ込めるんだぞ。男を甘く見るな!」
いつになく早口で品のない妄想を捲し立てるブル君はまるで別人のようだった。獣のように獰猛な嫉妬を燻らせて黒く濁った塊を溜めていく。普段大人しい人程、怒らせた時は怖い。面倒だと思いつつも貴重なブル君をこの目に耳に心に焼き付けておこうと神経を尖らせる。
「聞いてるのか」
「ちゃんと聞いてるわ。シャイなブル君の可愛くない独占欲のお披露目会だもの」
「俺は真剣に、」
「真剣に、私のことを愛しているのね?」
「…何なんだわ、ほんと。性悪女」
「ブル君ってドMなんだ」
「どうせ俺はお前に鞭で叩かれまくっても愛想尽かさない馬鹿なんだわ」
「お望みなら今度本当に鞭で打ってあげるわよ」
「好きにしろよ…」
「嫌。ねえ、冗談よ。痛いのは私も嫌い。そんなことしない」
今更酔いが回ってきたのかふらふらする私をブル君が器用に支えて駅の階段を上がる。途中転びそうになったがやはり彼が黙って庇ってくれた。その度に私は胸が痛くなる。痛いのは嫌いなのに、ブル君は焦がれるような痛みばかり選んで私に与える。不器用だから策略ではないと思うけど、だからこそ余計に質が悪い。
「、ここ座るんだわ。大丈夫か?」
いつの間にか消えていた彼の嫉妬の炎を残念だと思う。だけどいつもの優しいブル君に縋るのも大好きなので大人しく二人で並んで座って寄りかかった。彼の方は全く酔っていないらしい。そういえば私が上司に絡まれている間ブル君は私をじとりと射抜いていたんだった。私はそれに興奮してお酒を飲んで、上司の前でわざとにこやかに笑っていた。ブル君の視線で背中に穴が空く感覚が愛おしかった。
「こいつは俺のだからいちいちちょっかいかけないでくれます?って可愛いよね」
「抉るな…」
「本当のことでしょ?私明日からどんな顔して上司と接したらいいのよ」
「貴方のせいで昨夜は大変でしたって言えばいいんだわ」
「どんな痴女よ」
一夜
2015.4.7
material:HELIUM
5周年記念企画リクエスト
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