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「うっわ、すごい真っ赤」 「そりゃあ、血だもの」 汚れたティッシュを見たルー君が何やら感心している。真っ赤に染まったティッシュの何が面白いのかしら。彼は魔法は使えるけど、吸血鬼ではないはずなのに。でも、ティッシュに染み込んだ彼の血液は、ちょっと綺麗。 「おいらの血、綺麗じゃない?」 「私も同じこと思った」 「びっくりするくらい鮮やかなんだよ…これもチョコレートのお蔭かな?」 鼻に詰めたティッシュのせいで、ま行を上手く言えなくなっているのがちょっと可愛くて、笑えてくる。そうね、チョコレートを食べなければ鮮やかな血の色にも気付かなかっただろうし、と意地悪を言うと頬を膨らませて、睨んでいるつもりらしい猫のような目で私を見てくる。 「…分かったよ、暫くは控える。一日に一枚までにするよ……なんで笑うの?」 「可愛いなって」 「おいらは男なんだよ」 「容姿だけの話じゃないわ。鼻血の処理もできないところに一番ぐっときたの」 「嬉しくないよ…だって、」 そこまで言うと、彼は言葉を詰まらせる。 「なんでもない」 彼は立ち上がり、鼻にティッシュを詰めたままキッチンへ入った。私にコーヒーを飲むか訊いて、二人分のマグカップを用意する。 「最後に鼻血を出したの、いつだったかな…」 ルー君がぽつりと呟いた。マグカップを見ているのか視線は落ちていて、それが何だか怖い。 「思い出せないの?」 「そんな感じ」 誤魔化したのだとすぐに分かった。けれどこれ以上彼が感傷に呑み込まれるのに耐えられなくて、追及はしなかった。 この人はたった一人で背負いこんでたった一人で苦しむのが好きだ。好きだというこの断言はそのほとんどが私の嫌味で、彼の妙なプライドというのか、謙遜というのか、とにかくそういったものが邪魔をしてちっとも私を頼ってくれないことが悲しいし苛々させる。 誰かに弱音を吐いたところで根本的な解決という点においては全く意味がない。けれど、そんな風に小さな背中を私に晒すくらいなら、私の前で堂々と泣き叫んでほしかった。情けなくて恥ずかしくても、私の前でだけ、と。無限の生の中のたった少しの時間なら、神様だって貴方を責めはしないだろうに。気を取り直すようにカフェインを含んだって、私が流してやるわけじゃない。追及をしなかったのは、辛い貴方を見たくないからよ。 「…嘘」 「え?」 「思い出したくないんだ。だから、本当は忘れてなんかいない。ちゃんと覚えてるんだよ」 そんなに、なの?そんなに私に話したくないのかしら?まさか私が貴方の弱みを握るとでも? 「そう……じゃあルー君がまた鼻血を出したら私が拭いてあげなきゃいけないのね」 「そうだよ。お前が拭くんだ。お前だけだよ。ティッシュを鼻に詰めたおいらの間抜けな顔を見ることができるのは」 「何それ…」 「おいらの間抜けな顔を笑うことも許すよ」 やっと目が合った時には、彼の身体から感傷がすっかりなくなっていたようだった。湯気の立つマグカップを二つ持ってきて、私の手の中にそっと置く。 「じゃあ」 「うん?」 「やっぱりチョコレートは暫くお預けね。手に鉄の臭いがこびりついて、すごく萎えるもの」 「あー……かっこよく決めたつもりだったのに」 「私が貴方の鼻血を拭けることを喜んでると思ってたの?」 「ううん。でも愛の告白だった」 「ルー君の鼻血を拭ける特権を与えることが?」 「そうだよ。だって全部見ていいんだから」 、と私を呼ぶ彼の声には何か魔法がかかっている。彼は何か察したのかもしれない。一人で抱え込んで一人で苦しむのが好きな人だもの。それでも私は彼の強がりに頷いて、彼を抱き締めなければ。もう私の知らないところでもいい。私の何かが、彼の安らぎになってくれるなら。
ひとりにしないで
2016.11.5
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