昼を抱いて生きていけ
床擦れが酷い。
最近は横たわっている時間も減った。仕事が充実していると言えば聞こえは良いが、あんなものこちらが善意で申し上げている程度の明度だ。実際には仕事をしない上司のおかげで私達は苦しんでいる。そんなわけでベッドとシーツが恋しい。お尻が痛い。このイスの硬さはなんとかならないのか。身体中が痛い。眠りたい。

さん」

書類と書類の隙間から白い顔が覗く。私はやっとのことで視線を持ち上げて、しかし重力に抗えずに落ちた。上司の溜息が聞こえる。ような気がする。彼はちっとも辛くなさそうだ。人の倍は動いているはずなのに。きっと体のつくりが私達凡人とは違うのだろう。

「もう、いいですよ」

何が良いと言うのか。あるいは何に対して何と言っているのか、私は図りかねる。ああ、眠い。頭が痛い。

さん、さん」

私の名前を呼ぶ上司の声が切羽詰る。何ですか。そう答えたはずなのに私の言葉は私の耳には聞こえなかった。そのまま私の意識は飛ぶ。



目を覚ました時には寝台の上に転がっていた。朦朧とした意識の中何故自分のいる場所が分かったかというと、腰に鈍痛があったからである。腰の痛みは性行為を彷彿とさせ、それは寝台の上で行われるものだ。そう考えるのは私の頭がイッているからではなく、単に大人だからである。
しかし性行為をした記憶はない。身体だけが重い。指を動かすのさえもきつい。
私は視線で周囲をぐるりと二回なぞるが、知らない空間であること以外何も分からなかった。ただ、私の部屋よりも明らかに広い。ここはどこだろう。

「気が付かれましたか」

外の光が部屋に差し込む。その時扉が開いて見慣れた人物が入ってきた。ジャーファル様、と掠れた声を出すと、彼はほっとしたような顔をする。

「私のせいですね」

寝台の横にイスを引き摺ってきて座る彼が、ぽつりと呟いた。相変わらず何を話しているか分からない。沢山のことが抜け落ちすぎている。しかし、私に欠けたものを問う権利はない。それに、訊ねる体力も無い。

「もう少し労わるべきでした」
「……」
「無理をさせてしまって、本当にすみません」
「……仕事のことは、」

貴方様が気に病む必要はないです。忙しいのはいつものことですし、体調管理に問題があっただけで、私の責任です。やはり、私は倒れたんですか。

「倒れる前に、私が」

そうか、ここは彼の部屋か。この時私は、ひずみを抱えたまま納得してしまったことに気付いていなかった。それがさも当たり前であるかのように錯覚し、疑いも持たなかった。今思えば、体調管理よりも危機管理の方が崩壊していたのだと分かる。
寝台の上をゆっくりと撫でるジャーファル様の手を飽きることなく眺める私は、猛烈な睡魔に襲われていた。また眠るのかと本能で理解する。しかし、言葉にはならない。

「休んで下さい。君は無理をしすぎです」

彼の言葉に甘えて、私は不躾にも返事をせず瞼を下ろした。彼が立ち上がる音がして、心の隅で感謝する。
そこで、一気に覚醒した。

「ジャーファル様、」
「はい、何です?」
「何故私は貴方様の部屋の寝台で眠っているのですか?」

心臓が煩い。ジャーファル様は一瞬何を言っているのか分からないといった溜息を吐くと、それはそれはにこやかな、人当たりの良い微笑みを携えて、私の額に手を置いた。

「君は、疲れているんですよ」

そのままその手で私の目に瞼のふたをして、体温を残す。しかし一度覚醒した私にはそう簡単に都合の良い魔法はかからない。
それでも、物理的にはどうしても抗えなかった。連日の忙しさだけを理由にするにはいささか疲労しすぎている身体が言うことを聞いてくれないのだ。それを知ってかジャーファル様の笑みが一層濃くなる。私にはどうすることもできないと悟った。

「今はゆっくり眠って下さい」

頭が、心臓が、生まれ持ったこの身体が、割れてしまいそうだ。

昼を抱いて生きていけ
2016.2.5
material:Miss von Smith
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ジャーファル | 暗いような気だるげな不思議なお話 | あめ様