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「!」
背後から、彼の声が聞こえる。 私はさも聴力がないふりをしながら、逃げて行く。とても分かりやすい嘘であり、脆い仮面だ。彼だってそんなことには気付いているはずである。 嘘を重ねる度に、また新たな嘘を作り重ねていかなければならない。許容範囲というものはあっという間に超えてしまうもので、大して器用でもない私は遂に綻びを繕えなくなってしまった。そして同時に、彼の気持ちが理解できてしまった。 私と同じベクトルで、しかし私のそれよりもずっと前から。仕組みが分かってしまえば、後は経験と向きが揃い次第模範解答と同じ整合性を持った答えを出すのは容易だった。ただし、模範解答には程遠い。不器用などと彼に言ってられない。 私は今だけマナーのなっていない女子生徒になって、廊下を走った。その後を彼が追いかけてくるのが分かる。足音が私のそれと違って大きい。その衝撃でこのまま校舎が崩壊してしまえばいいのにと思った。 心臓が爆発するんじゃないかと危惧するくらい激しく稼働している。息も上がり、段々ふらついてきた。流石に階段の上り下りはきつい。 「!」 階段を踏み外してそのまま崩れた。重力に従って数段下の踊り場まで滑り落ちる。 ああ、怖い。痛い。 「ばっ…お前……!」 どたどたとこれまた激しい音を立てながらブル君がやってくる。私はいよいよこの世の終わりを悟った。 「大丈夫か!?すごい音したんだわ…」 「痛い…」 「…何で逃げるんだよ」 「ブル君が追いかけてくるからに決まってるでしょ」 「…この際だからもう言う」 彼が私の身体に影を作る。逃げられないようにしているみたいだ。私は自分の足を引き寄せて蹲る。傍から見たらいじめと捉えられるので、早く誰か通りかからないかと心の隅で考えた。 「お前が好きなんだわ」 知ってたよ。知ってた。自分も同じ感情に浸って初めて、貴方の不可解な言動に説明が付いた。私の手首を押さえるブル君の大きな手が熱い。絞められているせいで脈が伝わっていないか不安になる。 「でも…別に、無理に好きになれって言ってるわけじゃないんだわ。そういう風に好きじゃなくていいから…」 頼むから、離れていくな。 私は無性に切なくなる。ブル君はやっぱり不器用だ。私に逃げ道を作ってやるなんて。窮地に追い込まれた時、小さな抜け道があれば誰だってそこから逃げる。それで傷付くのはブル君なのに。誰よりも不器用で、親しくない人とはまともに会話もできないこの人は、けれど強い。 私は腕を引いてブル君の体勢を崩した。私の手首を掴んだままだったブル君はそのまま私の方へ倒れ込む。彼は間一髪床に手を付いて私の上に乗らないよう動いたけど、先程より近くなった距離を利用して私は彼の頭を抱え込んだ。 「へたくそ」 「は…何言って、」 「好き」 彼の耳元で囁いた好意はチャイムが鳴り終わった後の静寂に消えていく。私はそれでよかったのに、欲張りなブル君が聞こえないなどと分かり切った嘘を吐く。 「一回しか言わないよ」 「お前だって気付いてないふりして俺から逃げたんだわ。貸しを返すと思って、はいもう一回」 何が貸しだと笑ったが、身体は正直で、胸がきゅっと締め付けられる。顔を上げたブル君が私の目の前に迫っていて、言い逃れをする気はないけどこれは落ちるしかないと本能で理解した。
初恋はどうしてきれいなまま
title:LUCY28 過去拍手御礼(2016.1.25-2016.3.22) |