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こんな卑怯な真似をするとは思わなかった。私は胸に教科書とペンケースを抱えて息を殺す。向こうからブル君が歩いてくるのを、気付いていないふりをして視線を明後日の方向に向ける。
「あ、、」 「湾ちゃん!」 それでも目敏い彼が私を見つけてしまったので、私は素早く湾ちゃんの元へ駆け寄る。後方で、ちょっと狼狽えるブル君の気配がした。大方湾ちゃんに壮絶な人見知りを発揮しているのだと思う。その性格を熟知している私は、だからこそ湾ちゃんを選んだのだ。エリザだったら、彼は構わずこちらに来てしまいそうだから。 あの日の図書室での事件から、私は今までのブル君との接し方を忘れてしまった。事件なんて大袈裟な、と自分でも思うが、とにかく私が私でないような、地に足が着いていないような不思議な感覚で、ブル君と上手く喋れなくなってしまったのだ。これを事件と呼ばず何と呼ぶのか。思春期か。まさか。生憎、そんな可愛らしいものじゃないことは、とっくに分かっている。 「放課後、ちょっと買い物に付き合ってくれない?」 「エッ、うん、いいヨ。でも珍しいネ。が私を誘ってくれるなんテ…嬉しいからいいケド」 「良かった。エリザやベルちゃん達も誘って、その後ケーキも食べに行きたいなって。軽い女子会?」 「ケーキ!?それに女子会!?いいネ!あ、でもお金足りるかナ…まあ香に借りるか、駄目なら先生から貰おウ」 我ながら苦し紛れのお誘いだったが、湾ちゃんは快く乗ってくれた。私は携帯を開きながら、隣のクラスのベルちゃんとリヒテンちゃんにもお誘いメールを打つ。エリザには彼女が教室に戻ってきたら伝えよう。 「」 振り返らなくても誰か分かる。私は努めて平静を装って振り返る。 「ブル君」 「ちょっといいか?」 ドギマギしながら彼の後に着いて廊下に出る。席替えをしてもう隣の席ではないので、彼はわざわざ私を皆からちょっと離れた場所に呼ぶことが増えた。彼曰く、何となく気に障るとのこと。よく分からない。私は当初気にも留めていなかったけど、自覚してからはどうも緊張してしまうようになった。どんな形であれ彼と一対一で向き合って話をすることに、隠し切れない高揚が生まれてしまうのだ。友達には決して感じないときめき。 「今週の土曜って空いてる?」 「えっと…まだ分かんない。何で?」 「日曜でもいいんだわ。ちょっと付き合ってほしいところがあってだな…」 付き合ってほしい、の言葉に心臓が跳ねる。そしてそんな自分をたしなめた。 恥ずかしい。そういう意味じゃないわ。そんなんじゃない。私がさっき湾ちゃんに言ったお誘いと同じ意味でしかない。分かってる。分かってるけど。恥ずかしい。やめてよ。格好悪い。情けないじゃない。お願いだから気付かないで。 「……なるべく行けるように頑張るけど、週末忙しいかもしれないから、約束はできないよ」 「…最近、忙しいのな。なんなら来週でもいいし、週末が駄目なら放課後でもいいんだわ。今日の放課後は先越されたから明日以降だけど」 「あ、うん。今日は女子会」 女子、のところをさりげなく強く言う。狡いと思う。 「ん、まあ、また誘うんだわ。楽しんでこい」 目線を上げて、私は後悔した。ブル君がちょっと悲しそうな顔をしていたからだ。そりゃそうだろう。ここ最近、私はブル君のお誘いを適当な理由をつけて悉く断っているのだから。 だって、どうしたらいいか分からない。変に意識して、彼の言葉の裏の裏まで神経を張り巡らせて、彼に嫌われないよう慎重に話すことを選んで、一日が終わる頃にはへとへとに疲れてしまう。前まではそんなことなかったのに。 彼の後姿を見てぎゅっと胸が締め付けられる。好き、だ。
ごめんねだけは言えない
過去拍手御礼(2015.11.21-2016.1.25)
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