ごめんもう笑えない

ごめんもう笑えない


「あら、すごい顔」

弁当を持って私のクラスへやってきたエリザが、淡々と言う。昨日から引き続き授業どころではない私のためにリヒテンちゃんが貸してくれたノートを必死に写していた時だった。

「リヒテンちゃんの証言以上に酷いわね、
「え、何の話」
「隈が酷いわよ」

言われてあくびを噛み殺した。彼女の言う通り、寝不足である。リヒテンちゃん、エリザに話していたんだなあ、というか隠せていなかったんだなあとぼんやり考えた。
前の席のイスをこちらに向かせて、エリザは私の机に弁当を置く。

「ノートは後よ。先に食べなさい。そして何があったか話すのよ」

彼女の視線が私を射抜く。逃げないでよと言われているみたいだった。
私は観念して、というよりもう色んなことがごちゃごちゃで疲れてしまっていたので、昼休みの喧騒に紛れるくらいのか細い声でここ数日の出来事を話した。自分で言うのも恥ずかしいが一度に二人の人に告白されるのは想像以上に堪える。せめてどちらかに気があればよかったのに。そうすれば、そちらを選べたのに。なんて、考えても意味のないことだ。
エリザとリヒテンちゃんは私の話に相槌を打つだけで余計な口を挟まず聞いてくれた。そのせいか、切羽詰った私は勢いのまま滑らかに喋り続けてしまった。疲労と気恥ずかしさと、これから二人にどう接していけばいいか分からない途方に暮れた気持ちを吐露すれば、自然と目に涙が浮かぶ。私はこんなところで泣くという失態を犯したくなくて懸命に耐えた。だから、上手く取り繕えなかったかもしれない。エリザが怒ったような顔をしている。

は、何も悪くないわ」

穏やかに、しかしはっきりと強い口調だった。

「本当は誰も悪くない。悪くないけど、あちらは焦りすぎて、貴女のことをちっとも考えていないわね、だから、」
「……」
は、そんなに思いつめなくていいのよ」
「…うん」

教室の中に、私はいないみたいだった。俯いて蚊の鳴くような声で返事をすると、エリザは何か言いたそうにしたけどそれをリヒテンちゃんが止める。「取り敢えず、ご飯を食べましょうか。お腹空きましたね」というリヒテンちゃんの言葉に、私は弁当を取り出して食べ始めた。その後、そのことが話題に上ることはなく、いつもの昼休みだった。


*****


携帯を握りしめてベッドに倒れ込む。ちょっとしたデジャヴに浸りながらも心はごちゃごちゃしていた。私は自分が送ったメッセージを何度も確認し、それと同じくらい相手のメッセージも見返した。ごちゃごちゃしていると言いつつ妙に冷静なのはきっとエリザ達のおかげだろう。

『少しお話できませんか?部活が終わったら家に行きます』

彼にしては、有無を言わせぬ強制的な口調である。これが送られてきた瞬間丁度携帯を弄っていたのでびっくりしたが、私は割とすぐに返事をすることができた。会ってもいいよという内容の返事だ。ちょっと上から目線なのは仕方がない。菊も指摘しないと思う。きっと彼も自覚しているだろう。だから、それでいい。
謝ってほしいとは思っていない。そんなのは求めていないし、好きになってくれたことが全く嬉しくないといったら嘘になる。ただ、どうすればいいか分からないだけだ。それに菊のいつも通りの対応が酷く謎で、そのくせ不意に男女を意識させるあの手腕が恐ろしかった。菊が知らない男の人だった。
私は息を吐いて枕を抱き締める。別になんてことはない。ちょっとこじれただけだ。嫌いになったわけじゃない。恥ずかしいだけだ。大丈夫。
自分に幼稚な呪文をかけて大袈裟に奮い立たせる。本当はもうそんな子供だましのおまじないが効く歳ではないことくらい分かってる。
それでも菊は。


*****


「すみません、遅くなってしまって…」
「いいよ。どうせフェリの尻拭いでしょう」
「何故それを…」
「本人から聞いたのよ…可愛い女の子に声をかけてたらいつの間にか期限が迫ってたって」
「はあ…ルートさんが知ったら雷が落ちそうですね」

いつからだろうか。菊があまりうちに来なくなったのは。一緒に遊ばなくなったのは。並んで歩く時に何となく距離を取るようになったのは。それでも、毎年桜だけは欠かさず一緒に見に行った。そうするようになったのはいつからだろうか。そうしなくなるのはいつだろうか。

「それで、話って?」

私の部屋に上げても良かったが、家族に聞かれると面倒なので外に出ようと誘った。菊もその方がいいと思ったのか承諾すると、二人で住宅街を抜けて少し大きな公園まで歩いた。この公園にも桜があって、まだ綺麗に咲いている。他愛無い世間話が途切れ始めたので私が促すと、菊は少し逡巡してから私と向き合うように立って、口を開いた。
2016.2.9
title:確かに恋だった