嚥下する彗星
嚥下する彗星
下腹部が重くて、動く気が失せる。今日に限ったことではなく、月に一度自分でもどうしようもなくなってしまう日が必ずやってくる。幸い今日は休日で、食料品の買い出しも昨日の内に済ませてしまったので、布団の中で休んでいようと思っていた。


「おいらの後ろ行ってもいい?」
「壁冷たいと思うよ」
「じゃあ、タオルケット持ってくね」


パジャマのまま朝ごはんも食べずにベッドで横になっていると、ルー君が遊びに来た。お菓子や飲み物の沢山入ったレジ袋を持ってにこにこ笑う彼はとても可愛らしいのだけど、生憎私にはそれを愛でる気力も体力もなく、加えて鋭い痛みも重なってそっけなくしてしまったのだと思う。いつもと違う私に怒るでもなく心配して労わってくれることは有難い。でも原因はただの生理痛とそれに伴う諸々である。ただのと言いながら無視できない女としての証は、けれど目的を果たす時が来なければ本当に苦痛でしかない。


「何となくだけど、いつもより身体冷えてる感じするね」
「私の身体が?どうして分かるの?」
「いつもにくっついてるから分かるよ」
「どういうことよ」
「こういうこと?」


後ろに座った彼が私をぎゅうぎゅう抱き締める。背中が彼で覆われてあたたかい。私は無意識に縮こまっていたようで、ルー君に小さいと言われた。


「…ね、ちょっと、くすぐったいよ」
「え、何?」
「髪の毛当たってる」


密着しているせいか彼の髪が首に触れてこそばゆい。ルー君はタオルケットを羽織ってそれで私も包み込んでよりくっつこうとする。彼が動く度にベッドがギシギシと鳴いた。


「壊れる…」
「今度はダブルベッドにしようよ、おいらがお金出すからさ」
「この部屋にはちょっと不釣合いよ」


私は横から毛布を取ろうと腕を伸ばした。その時に下腹部がずんと重くなってそのままルー君の足の上に半端な体制で倒れた。彼が私をそっと起こしてくれて、ついでに私が取ろうとしていた毛布を取ってくれる。お腹を擦りながら後ろのルー君の胸に寄りかかった。


「大丈夫?」
「…ごめんね、大丈夫」
「薬は?」
「いい、いらない。私あんまり効かないし」


毛布を二人の下半身にかけると全身が温かい。特に私を包み込んでいる彼の人肌がとても心地よかった。私のお腹に回されているルー君の骨ばった手を弄ると、まるで子供をあやしているかのように優しく応えてくれる。短く切り揃えられた爪の縁をなぞり、手の甲や手首の意外な男らしさに血の不足した心臓が悲鳴を上げながら鳴いた時には、私は死んでしまうのではないかと思った。彼で遊ぶ私を彼自身が上から見ているのにも少なからず緊張した。おもむろに後ろを見上げると、愛おしそうに私を見つめる彼と目が合う。


「…なに」
「んー?なに?」
「私が聞いてるの」
「うん」


緩み切った顔で私の頬をするりと撫でたルー君はそのまま触れるだけのキスをした。私は視線を前に戻しながら、平静を装って眩暈でぐるぐる回る視界をどうにか落ち着けようとする。すると彼が可笑しそうに私の肩に顔をつけた。


「熱いねー?」
「…からかってるの?」
「違うよ。遊んでるだけなんだよ」
「もっとひどいじゃない」
もさっきおいらの手で遊んだでしょ?一緒だよ」
「だって、」
「だって、何?」


おいらの手ってそんなに面白い?そう言って手をひらひら動かすルー君に、返事の代わりに自分の指と絡めてこっそり唇をつける。彼のおかげで温まって緩くなった生理痛をまた復活させないように、ゆっくり体を移動させて彼と向き合うようにする。冷えを心配してくれたらしいルー君が布団を掛けようと私の方へ少し近付いた時に、私は彼の胸に飛び込んだ。飛び込んだといっても倒れ込んだといった方が正しく、ルー君の厚い胸板に支えられながら彼と密着する。彼は私の足を上手に畳んで私の腰を自分の方へ引き寄せて、それから布団を被って抱き締めた。


が素直になってるの凄く可愛い…」
「分かってるのなら沢山甘やかしてね」
「勿論。何して欲しい?ちゅー?ちゅーだよね?もーってばそんなにおいらが好きなの」
「ルー君いつお酒飲んだのよ」
「飲んでないよー。それよりも早く目瞑って、ちゅーしたいでしょ」
「貴方がしたいんでしょ…ん、」


顔に降りかかる影が一段と濃くなった頃、ふにふにと柔らかい感触が唇を這った。ぬるい息が口の中に広がって自然と顔が綻ぶ。思わず彼の首に腕を回すとルー君が私の脇腹をするりと撫でた。ベッドが軋む。
私達はいつまでもキスをしたままで、時折目を開けると視線がかち合うのでその度に笑い合う。彼の唾液を飽きることなく飲みながら、それらがどうか子宮に届くよう心のどこかで願った。




2015.3.30