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上司からの急な呼び出しから半日経って、アルフレッドは帰ってきた。見るからに不機嫌そうな彼に、私は用意したふざけたジョークを言うこともできずにただ立ち尽くしていた。するとアルフレッドの方から、何の偶然か私が考えていたのと同じ話を持ち出してきた。
「ご飯でも風呂でもなく、君がいいよ」 そこにいつもの屈託のない笑みは存在せず、あるのは表情を失くした恐ろしい男だった。私が思わず後ずさると、彼は距離を詰めてくる。無言で続けられたその攻防は、私が遂に壁際に到達した時に決着がついた。彼は相変わらず無言で私を恐怖に追いやるが、逃げ道がないと理解した私がぎゅっと目を瞑ると、壁と私の背中の間に腕を滑り込ませて抱き締めた。擦れるスーツから臭う煙草の煙が彼の疲労を物語っているようだった。彼は本当は、煙草が嫌いだから。 アルフレッドはいとも簡単に私を持ち上げるとそのままベッドルームに行って私をベッドに寝かせた。そして部屋の鍵を閉めることなく、私の服を脱がせた。 彼は、私を揺らしている時でさえも、厳しい顔をしていた。快楽に完全に身を委ねずに、寧ろどうにかしてそれに堪えてどこかに逃がしているように見える。私は声にならない声を上げながら、涙の向こうのアルフレッドを目に焼き付けようと必死だった。二人がほぼ同時に上り詰めた後、意識が遠退いていく途中で、アルフレッドの謝罪を聞いたような気がした。 次に目覚めた時には眩しい光の筋がカーテンの隙間から漏れていた。隣に彼はおらず、私は怠い身体を無理やり起こして脱ぎ捨てられた服を着る。 階段を降りてリビングへ行くと、アルフレッドが弾かれたように振り向いた。 「……昨日は本当に、すまなかった」 情けない顔で、だけど私の目をしっかり見てそう言ったアルフレッドに、漸く緊張の糸が切れる。 「…昨日の貴方はどうかしていたわ」 「君の言う通りだ。俺はおかしかった」 「何かあったの?急に上司が仕事を入れてきたくらいで、貴方らしくもない」 「…大したことじゃないんだ、と言いたいところなんだけどな。君に乱暴した罪もあるから話すよ……笑わないかい?」 私が返事をすると、アルフレッドは目を伏せた。 「元上司が亡くなったんだ」 「それは…残念だったわね」 「割と親しくしてたんだけど、亡くなったって聞いて…まあ結構年だったし、病気もしてたし、そのこと自体は驚かなかったんだ。ああ、遂に来たかってぐらいさ。問題はそこじゃないんだ。今の上司が、葬式に参列してこいって言うんだよ…」 酷いと思わないかい、と力なくうなだれるアルフレッドの頭を優しく撫でる。 「そうね、酷い仕打ちね」 「君なら分かってくれると思ってた」 アルフレッドがソファーに横になり、手招きする。私が彼の側へ行くと、彼はヒーローみたいな怪力で私を持ち上げ自分の身体の上に仰向けに乗せた。私は猫か何かになった気持ちでアルフレッドの胸に手を添える。安いラブストーリーのワンシーンのようだった。 「無駄だと思うんだ」 か細い声でアルフレッドが呟く。 「居なくなった誰かを追悼する、あんな真似は」 本当に酷い仕打ちだ。私達国家は誰でも、その途方もない長い時間の中で必ず知らされるのだ。人間の時間軸と私達のそれが違うことを、容赦ない形で。 私は何も言わなかった。私達は常にひとりぼっちだ。誰かを愛しても、身体を重ねても、次の瞬間にはまたひとりになる。簡単には死なない丈夫な私達は、けれど私達の知らないところで、いつだって消滅する準備ができている。 「やっぱり人間は脆いね」 アルフレッドが嘲笑った。その様を見て、私は彼の少年時代を思い出した。彼がまだ人間との相違を理解していなかった時、さよならも言えなかった友人が居た。アルフレッドは結局、その友人の葬式には出席したのだろうか。一度でも墓に花を供えてやったのだろうか。 子供の頃を捨てきれない、身体だけが大きくなってしまった彼が深く溜息を吐く。また彼の友人が、彼の大事なものを一つ持って別の世界へ行ってしまった。
2016.4.8
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