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足が地面に貼りついたように動かない。教科書を胸に抱えたまま、ドアの陰でじっと息を潜めていた。
「さんってさあ、」 教室の中から男子の声が聞こえる。一緒に居るのは多分、彼と仲の良い男女数人。時折笑い声が聞こえる。 別に本当はどうってことない。初めは何か悪口を言われているのではないかと不安になったけど、聞いた限りでは、ただこういう人だとかこんなことがあったとか取り留めもないことで笑っているだけで、悪意は何一つ感じなかった。それに会話に上がるのは私だけでなくクラスメイト全般である。 しかし一度名前を出されてしまうとどうも気になってしまう。入学して暫く経ち女子の友達も出来たけど、私はまだクラス全体の空気には居心地の悪さを感じていた。いや、正確には無駄に盛り上げようとする熱だろうか。きっと彼ら的には何の問題もないのだろうけど、私みたいな社交的でない人間にとっては苦痛な時の方が多い。 「なんかこう、大人しすぎるとこあるよな」 だから、ノリが悪いとか、そんなことを言いたいのだろう。大して会話もしたことのない相手の前で大人しくなったっておかしくないわよ、なんて心の中では思ったものの、私も彼らのチャラさには辟易しているのでお互い様だ。それに無駄につっかかっても意味がないし馬鹿らしい。そこまで考えて漸く身体がすっと軽くなった気がして、教室のドアへ手を伸ばす。すると私の後ろからにゅ、と別の腕が伸びてきてドアを強く横にスライドさせた。驚いて振り向く前に、その人は私の横を通って教室へ入る。途端に教室内は静かになった。 「今俺に負けないくらい空気だったな」 「…余計なお世話よ」 後に続いて席に着くと、隣で何故か得意げな顔をしたブル君が見事なペン回しを披露した。というか、自分のこと空気だと思っているのか。確かに目立つタイプではないけれど。 「俺の方が場馴れしてるんだわ」 「それって誇れること?」 「対日本人には特に役に立つ」 「成程…」 ふとさっきのクラスメイト達の方を見ると、未だに会話を続けてはいるものの若干ぎこちなさを抱えていた。普段はあんなこと気にしないのに時々冷静になれないことがある私も私だが、彼らも同じだったと分かった。聞かれてまずいと思うのならもっと違うところですればいいのに。私はやっと自分らしさを取り戻したかのように妙に晴れやかな気持ちになる。 「あ、それ昨日買ったやつ?」 「目敏いんだわ、流石。俺が読み終わったらにも貸してやるんだわ」 「私も読むのは決定なのね」 「当たり前なんだわ。もっと感謝してもいいぞ、ほら」 私は酷い人見知りだった入学当初の彼を思い出しながら、よくここまで心を開いてくれたものだと感心した。するとブル君がこちらを伺うような仕草をするので、苦笑しながら持ってきていたチョコレートを数個彼の机に置く。貸してくれるらしい本と、教室のドアを先に開けてくれた感謝を込めて。
僕は呼吸ができる
title:金星 過去拍手御礼(2015.5.29-2015.7.25) |