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愛すべき人
私達のすることは性交というよりも子供のお遊びだ。互いにやんわりと与え与えられ表面だけを撫でた後は、躊躇いもなく食べ尽くす。流行りの勢いだけが魅力の激しい情愛は、ただ私達に向いていないという理由で一度も試したことがない。試したことがないというだけで、彼の方は少なからず興味があるようで、求められる度私は断るけれど、そんな時ああ彼も立派な男なのだと安心する。彼はとても可愛らしい。男であるのが勿体ないくらいに。 「」 意外と男らしい手が私の肩をなぞり、そのままするすると腕を辿って私の手を包み込む。彼の手が触れた箇所に熱が集まり、離れた後も発散することなく留まっている。私はこういう時はいつも感情を表に出さないようにしているつもりだけど、細部まで見抜く彼の前ではそれは派手な音をたてて崩れ落ちるみたいで、なんとか何も悟られないように目線を下げて彼の骨張った指を撫でた。やはり、意外とかたい。華奢な身体ではあるけれど、彼はきちんと男性なのである。いや、そんなことは分かり切っている。昼間のあの優しい感じと、夜の、しかも私と二人きりの時の彼とでは、瞳や指先や熱の重さが決定的に違うことを私は知っている。今みたいに、目と目を合わせなくても潤んだ瞳が私を写しているのを私は分かっている。可愛らしくて優しくたって、彼は雄だ。私がいつまでも返事をしないからか、彼はちょっと焦ったようにもう一度名前を呼ぶ。 「、」 「…なに」 「無視しないでください」 いつの間にか彼は距離を詰めていて、喋る度に息が唇に触れる。私は内心もう駄目で、これ以上事が進んだら心臓が破裂してしまう所まで来ている。この先のことなんて何度も何度もしているはずだけど、でも、どうしても、易々と通り過ぎたりできない。手を繋いだり、肩を寄せ合ったり、口付けたり、性交したり。全部、ジャーファルさんが始めて、最後まで持っていってくれる。嬉しくて、あたたかくて、安心するのに、本当は怖くて恥ずかしくて堪らない。周りからの印象を崩さないように必死に大人ぶってきた私は、素直になる術を知らない。それに、本心を言ったらジャーファルさんが離れていってしまうかもしれない。だって、ジャーファルさんが好きな私は、真面目で冷静で秩序立ち穏やかで前向きで国を愛する私だから。偽りはないけど私の生きる全部がそうというわけじゃない。国を愛していること以外は、本当は寧ろ、その逆のことが多い。 「…私、しない」 「え、」 「今日は、しない。ごめんなさい」 「いやです。、私は今したいんです。お願いします、今じゃなければ意味がない」 そう言って苦しいくらい私を抱き締めるジャーファルさんはやっぱりちゃんと男の人だ。割と可愛い顔だし身体の線も細いしもしかして女の子なのか、と疑っていたこともあるけど、服の下を見れば一目瞭然。初めてそれが分かったのはやはり初夜で。恥ずかしくて上半身も見れなかったくらいだから、身体で理解したのだけど。しかしそんなことは今はどうでもいい。ジャーファルさんと私の距離がなくなってしまった。加えて、密着したことで彼の下半身が既に相応の反応を示している事実も知った。ジャーファルさんは、もうその気になっている。 どくん、心臓が一番大きな音を立てて私を驚愕させる。その衝撃で涙が勢いよく溢れた。でも私の心臓は運良く未だ破裂しておらず、一応動いている。 先に壊れたのは精神の方だった。 「じゃ、ふぁる、さん…」 情けないくらい震えた声にジャーファルさんが驚いて私の顔を覗き込む。彼の瞳にはとても汚い顔の私がいた。言いたいことがたくさんある。だけど言おうとする度に嗚咽が漏れて、好きな人には到底見せられない姿を長い間晒す羽目になった。ジャーファルさんは上手に拭ってくれたけど、涙は止まることはなくて。歪んだ視界に寂しそうな彼を見つけて絶望する。本当に嫌われてしまったかも、しれない。 「」 「ごめ…っ、」 「すみませんでした。私の欲だけ先走って、君に無理をさせてしまいましたね」 そんな悲しそうに謝らないで。そう思ってジャーファルさんの手をぎゅっと掴むと、彼は優しく微笑む。それを愛おしそうに撫でたジャーファルさんは私の額に口付けを落とし、少し乱れた私の服を直して再び胸に閉じ込める。 穏やかな心音に私の嗚咽もどうにかおさまって、彼の肩口に顔を押し付けて遊んだら彼は静かに笑った。今度はきゅんと切なく鳴いた私の心臓がジャーファルさんへの愛情を鼓舞し、結果的に私の背中を押してくれた。 「ジャーファルさんは、私のどこを好いてくれたんですか…?」 「何故そんなことを急に?」 「私は貴方の優しさに安心します。貴方の誠実さに惹かれるし、声色にときめくの。モルジアナちゃんはしないって言ってたけど、ジャーファルさんのにおいは私をいつも欲情させています。それから手が素敵。あ、かたさと形が好きなんです。意外とふさふさしてる髪がかわいいし、真面目なところも大好きですよ。……挙げたら、きりないです」 「不意討ちですね」 彼が頬を赤く染めて恥ずかしそうに俯く。珍しい彼に私の胸は確かに高鳴った。 「ああ、あと腰が好きです。ジャーファルさんの腰」 「もうやめてください」 ジャーファルさんは口元を手で覆い視線を逸らした。腰と聞いて何を想像したのやら。ジャーファルさんって意外と卑猥だ。不意討ちだと言う彼に魅せられて、抱えていたものがゆるゆると口からこぼれ落ちていくような感覚に自分自身でびっくりする。数刻前までは、恥ずかしくて何も言えなかったのに。 「私は、の全部が好きなんですけどね」 「本当ですか」 「嘘ついてどうするんです?それとも、そんなに軽い男に見えるんですか?私はが好きですよ。という女性が好きだ」 「…私、多分ジャーファルさんが思ってるような女じゃないんですよ。もっとずっと人間臭くて弱くて怖がりで醜いんです。それでも、私のこと好きですか?」 「それが君なら私は好きですよ。言ったでしょう、私はが好きです、と」 「一生貴方の好きなようにできなくても?」 「どういうことですか?」 「さっきみたいに、ジャーファルさんのしたいことと私のしたいことに相違がある時、またこんな風に……私が我儘だから、ジャーファルさんがいつも妥協して、いつも我慢してばかりかもしれなくても?私のこと好きでいてくれますか?」 「好きですよ。素顔のままのも、訳あって素顔を隠すも、素直になれないが故に奮闘するも、けれど完璧にはこなせない不器用なも」 「…知ってたんですか」 「君はとても分かりやすいので」 ジャーファルの白い指が私の目の下を横になぞると、熱が奪われたみたいにひんやりした。私はいつの間にかまた情けなく泣いていたみたいだった。 「分かりやすいくせに、隠せていると思っているんですよね君は」 「ごめんなさい…」 「別に責めてないですよ」 「私もジャーファルさんが好きです」 「私は君を愛しています」 「…ずるい」 「いつもそう思っていますから、もうそんな心配しないでくださいね」 私が頷くととても綺麗に笑うジャーファルさんに身体がむずむずした。黒い嫌な塊がすっと抜けて楽になったはずなのに、この違和感は一体。でもそれはすぐに分かったので安心する。 私はだらしなく緩んだ顔を精一杯引き締めて、布団を被って寝る体勢の彼の腕を掴んだ。 「ジャーファルさん、私ジャーファルさんの腰が一番好きです」 「…言ってくれましたね。私はもう知りません」 言い終わらないうちに私を押し倒したジャーファルさんの目には思った以上にしゃんとした私がいた。
2013.2.13
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