愛されるすべを知らない

愛されるすべを知らない


これは、思っていたよりも薄暗くて涼しく、人の気配がしない。やはり辺鄙と呼ぶに相応しいと思ってしまう。本当にこの辺りは使われているのだろうか。

「適当に座って」

フェリに促されてパイプ椅子に腰かけた。どのくらい時間がかかるか分からなかったので、お弁当も一緒に持ってきている。フェリはお腹空いたりしないのかと思ったけど、そういえばさっき菓子パンを食べていたんだった。でも彼が、俺は後で食べるよと言ったので、男の子の食欲は凄まじいと改めて感じる。フェリなんかは運動部でもないのに。

「…ねえ、インタヴューの前に、少しいい?」
「うん、何?」
「菊と何かあった?」

思わずフェリの顔を凝視してしまう。フェリはやっぱりと言っていつも変わらないやわらかい笑みを零すけど、何となく逃げられないような気がした。

「どうしてそう思ったの?」
「だって、昨日から菊のことあからさまに避けてない?」
「…私そんなに分かりやすい?」
「普段はそうは思わないけどね。でもと菊って近いからさ、近くなくなるとちょっと目立つよね」
「近いって距離のこと?」
「うん。友達以上恋人未満って感じ」

そんな風に見られていたのか。確かに菊は大事な人だけど、私は周りと菊で差を付けていないつもりだった。周りに居る友達の内の一人が菊で、他の人と違うのは、小さい時からの思い出を共有しているという点くらいで、だからそういう意味で大事だった。付き合いも長いし、変に気を使わなくていいし、人と人との関係に時間なんて関係ないと言うけれど、一緒にいる期間が長いというのは立派なアドバンテージだと私は思う。
だけど、菊は違ったのかしら。私のことをずっと好きだったと言ったあの言葉が嘘でなければ、私の中での菊が特別ではあるけどone of themだったのに対して、菊にとっての私は…とここまで考えてやめた。言葉にするのも恥ずかしい。


「……」
「菊のことが好きなの?」
「…好きだけど……」

好きだけど、菊の「好き」みたいな好きじゃないことは、もう分かっている。菊にとって私がどんなに特別な人なのかは、あの藍色の空とアイボリーの月とピンクの桜の下で色白な頬を朱に染めた余裕のない彼を思い出せば、嫌でもよく伝わってくる。私の勘違いじゃないことは、知っている。

「でも、菊のことを…男の子として見たことはないよ」
「そっか」
「…こんなこと、フェリに言うつもりなかったのに。他の人にはくれぐれも言わないでね。菊にもよ」
「分かってるよ。俺も、安心したかっただけだし」
「安心?」
「だって、菊が羨ましかったから」

フェリはペンを置いて代わりに机に乗っていた私の手を掴んだ。

の近くにいるための理由が要らないの、すごく羨ましくて」
「え?」
「俺、のこと、好きだからさー」

もし二人が両想いだったら、どうにかして阻止しなきゃでしょ?
言っていることと表情の乖離が大きい。私が固まっているのをいいことにフェリは掴んだ私の手を自分の口元に引き寄せてキスをした。身体中に熱が集まるのが分かる。

「可愛い」
「……は、」
「好きだよ」
「……」
「知らなかったでしょ?」
「…また、簡単に女誑かして……」


彼の束縛から逃れようとして熱い脳が導き出したのは、彼の国特有の愛の性質をつつくことだった。だって私は何度も見ているのだ。知っているのだ。フェリが可愛い女の子にふらふら目が行ってしまうのを。明後日が期限らしい新聞の記事の作成を先延ばしにした理由の一つに、女の子に声をかけたことだというのが入っているのも、それが文字通り間違っていないことも。

「こんなことするの、が初めて」
「…光栄だわ」
「はぐらかさないで

私の皮膚に貼りついた彼の手に力が籠った。わけが分からない。これならいっそ、菊を鉢合わせした方が良かった気もしてくる。

が好き」
「もう、分かったわよ…」
「ううん、分かってないよ。だから今、菊のことで悩んでる」
「それとこれとは、」
「違わないよ。関係ある。だって菊も、のこと女の子として見てる」

そうでしょ、見てれば分かるよ。そこでフェリの顔が初めて崩れた。切なそうな、苦しそうな顔。そしてすぐに理解した。これは、恋をしている人のそれだ。

「菊に告白されたんでしょ」
「……」
「菊も昨日からちょっと可笑しかったからなあ…まさかそんなことないと思ってたけど、先越されちゃった」

目頭が熱い。腕時計はまだまだ昼休みだ。早く終わってほしい。過ぎ去ってほしい。俯いてやり過ごそうとすると、フェリが私の手を離して頭を撫でた。

「泣かないで」

収まりきらなかった涙が頬を伝う。私はやっと、好意の重さを重さだと身に染みて感じた。甘酸っぱさなどどこにもない。青臭い青春など求めていない。
2015.9.18
title:LUCY28