強い、痛い、まるで虫眼鏡で集めた陽の光のようなものを、彼は送ってくる。
「Ti voglio bene」
この言葉に特別な意味があることは知っていた。知ってはいたが、同時に家族や友人の間で頻繁に使われるいわば親愛の情の常套句で、イタリアに仕事でやってきて半年、耳にタコができる程聞いてきたし、慣れてきたら自分でも言うことがあった。日本人だからストレートな表現に照れ臭さを覚えることはあっても、本当に友達の間でもよく使うので、赤面するような恥ずかしさはない。
だから彼が本当にいつもの調子で言ってきた時も、私もよ、なんてありきたりで当たり前の返事を、振り返りもせずにした。私は今忙しいのだ。酷い言い訳だが、デスクに積まれた書類を見れば一目瞭然なのでどうか察してもらいたい。定時には仕事が終わっていなくても潔く帰ってしまう彼らは、他人の残業にも変に厳しいところがある。私が残業しようものなら早口で小言を捲し立てられて面倒なので、出来るだけ進めておきたい。イタリアに来てから、私の頭の中はイタリア語と日本語が入り混じったおかしな状態で、そのせいでタイピングが遅い。仕方のないことだと思う。自覚はしているし精進すべきなのも分かっている。ただそれは積み重ねであって今すぐどうこう出来る話ではない。ロヴィーノには悪いけど、といっても5分おきくらいにだらける癖のある彼に言っても理解できないかもしれないけど。
だから、つまり、その真っ直ぐな視線を私の背中にいつまでも向け続けるのはやめていただけないだろうか。
「」
「ロヴィーノ、さっきから何」
「Ti voglio bene」
「...Anch’io(私もよ)」
「Davvero(本当に)?」
「Sì, certo(ええ、勿論)」
「……」
「何よ」
「Mi vuoi bene?」
溜息を押し殺して振り返る。ロヴィーノは立ったまま私を見つめていて、目は真剣そのものだった。どうしたというのか。視線の強さに思わず狼狽える。西洋の人の、相手の目をやたら見てくる習慣にはまだ慣れていなかった。
「鈍すぎだろ、お前」
あからさまに嫌そうな顔をされて、それに彼の言葉を組み合わせて出た結果に、私は間抜けな声を出した。
特別な意味があることは知っていた。知ってはいたが、同時に日常とは切っても切り離せない程密着していてその言葉だけでは境界が分からない。会社で仕事中に仕事用の服を着て彼に背を向けながら受ける言葉なら、完全にただの日常の方だと誰だって判断するだろう。イタリア人男の成せる技なのか。それにしてもタイミングが悪すぎやしないか。
「え、あ…?どういうこと…いや意味は分かった、けど」
「もういい」
「ちょっと、投げっぱなしにしないでよ」
本当に、タイミングが悪すぎる。というよりも何もかも間違っていないだろうか。小さなオフィスだから元々人は少ないし、今はたまたま私達しかいないとはいえ、こんな、告白の仕方が存在していたとは。勿論皮肉である。ロヴィーノの何色かよく分からない色の目が、初めて私から逸らされた。そうだ。初めてだ。この人、私と出会って今日まで、私と向き合っている時に、私の目以外を見つめたことがない。日本人の癖か個人的な癖か、逸らしてしまうのはいつも私だった。
心臓が軋む。身体が強張る。空気が一気に張りつめた。ロヴィーノの本気が一気に押し寄せる。居たたまれなくて、でも打開策が見つからない。
もういいなどと言いながら彼も動かないのでどうしようもなかった。ただ時間が経つにつれロヴィーノの顔がトマトみたいになっていくのが何だか可哀想で、彼を救うしかないと謎の使命感が湧き上がったので、乾いただらしない唇を動かす。
「てぃ、ぼっりょ、べーね」
だらしない唇が紡げるのはだらしない発音でしかなかった。間違いだらけでぎこちなくて、美しさの欠片もない。日本語だったらもっと上手に言えたのにと恥ずかしくなったけど、多分結局は同じなんだろうと悟った。好きだ、なんて、そうそう言えるものじゃない。
私の発音にロヴィーノが吹いた。そして先程の可哀想なロヴィーノはいなくなって、代わりに唇を塞がれる。
もう仕事はできそうにない。
Mi vuoi bene
2015.12.21
material:Miss von Smith
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南伊 | 匿名様
Mi vuoi bene(あなたは私のことが好き)
Ti voglio bene(私はあなたが好き)
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